2009年11月 9日 (月)

東光寺の紅葉(滋賀県東近江市)

  • Toukouji11 各地の紅葉が北海道・東北から関東へ、そして、こちら多摩地方にも降りてきました。

  • きょうは、4年前に訪ねた滋賀県東近江市の東光寺という浄土宗の名刹の紅葉を、紹介したいと思います。

  • 訪ねたのは、秋も終わりの11月の終わり頃でした。このあたりは、湖東三山(西明寺、金剛輪寺、百済寺)が有名で、最近では旅行会社のツアーコースに組み込まれ、賑わってますが、こちら東光寺は、その混雑とは別世界で、静かなたたずまいでした。

  • Toukouji19 当時、スライドショーにしていました。

  • ⇒⇒こちら をクリックしてみてください。(画面中央下のスライドショーボタンから。BGMが気になる方は、音量を小さくしてからご覧ください)。

  • 東光寺(とうこうじ)
    山の中腹にあり、浄土宗の中心としてしられる。

    ●〒527-0153 東近江市平尾718
    TEL 0749-46-1335

  • 撮影:2005,11,28

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2009年11月 6日 (金)

京都の紅葉

  • Kyouto20 この時期になると、古都京都の紅葉が気になります。行ってみたいなと、ホテルを探し始めるのですが、どこももうとっくに満室。さすが京都。

  • とりあえず、数年前の京都の写真を取り出して、素晴らしかった紅や黄色のあざやかな色彩を思い出してみることにします。

  • 幸いよく晴れた11月の終わりごろの週末でした。昼前に京都駅に着き、金閣寺、真如堂、曼殊院(写真上)、南禅寺、夜には、ライトアップされた大日堂、永観堂などを回りました。日中、夕方、そして夜の帳が降りてからと、時間の違いはありましたが、どの門をくぐっても、紅葉、紅葉、ただ紅葉の空間に、身を置くことになりました。

  • Kyouto40_2 翌日は土曜日だったので、混雑が予想される嵐山を避けて、洛西の粟生光明寺(写真下)、鈴虫寺などを訪ねました。きらきらした朝の光、やわらかな午前中の太陽の中の紅葉が、繰り出した観光客の弾んだ顔を、紅く染めていました。

  • 学生時代まで住んでいた関西から、東京に越して40年あまり経つけれど、京都の紅葉の紅さは、関東では見られない、「真剣な紅さ」とでも表現したい色あいです。盆地特有の朝晩のきつい冷え込み、京都独特のしぐれ模様など、詳しくはわかりませんが、だだっぴろい関東平野とは異質の自然のせいだろうと思います。その真剣な紅さが織りなす錦が、古都の寺院や仏閣の佇まいと重なって、強い記憶となって残ります。

  • この時も,写真をスライドショーにしていますので、あらためて、紹介します。

  • ⇒⇒こちら (BGMが気になる方は、音量を小さくしてご覧ください)。
  • 下記をクリックすると、それぞれのblog記事があります。あわせてご覧ください。

    金閣寺曼殊院門跡(京都一乗寺)真如堂(京都岡崎)

    南禅寺(京都岡崎)東山将軍塚の大日堂、 永観堂(京都岡崎)

    京都御所、 粟生光明寺(京都西山)、 鈴虫の寺(京都西山)

    渉成園(京都七条)赤山禅院(京都市左京区)南禅寺(京都岡崎)

  • 撮影2005年11月25日、26日。

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2009年11月 1日 (日)

秋が深まって……

  • Toshinn37 11月に入り、少し寒さを感じるようになりました。手もとの「手紙百科」の「十一月」(霜月)をみると、向寒の候、紅葉の色もようやく色あせて、白菊の薫り高いきょうこのごろ、そろそろ暖房が濃しくなりましたなどの言葉が並びます。

  • 写真は、5年ほど前、もう少し秋が深まったころの神宮外苑で撮ったものですが、今年も間もなくこのような、風景になると思います。

  • このところの悩みは、少々腰が痛い、ということ。近くの整形外科で、週2~3度牽引をしてもらっています。Youtuu2_2 医院の待合室にあったパYoutuu1_2ンフレットの、体操の要領など、眺めながら、何とかしのごうと、試行錯誤しています。

  • こたえるのは、実はパソコン。blogにもいくつか書こうと思う記事があるのですが、推敲などで、時間をかけてしまうと、椅子から離れたとき、何ともつらい鈍痛で、顔をしかめることもしばしば………

  • そのような事情で、このblogの記事も、当分あたりさわりのないもので済ますことになるかもしれません。あしからず、ご了解ください。

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2009年10月27日 (火)

50年の歳月

  • Sinnjuku6 歳がわかってしまうけれど、高校の同窓会で50年ぶりの再会を体験しました。新宿サザンタワーのレストランに、関東一円、遠くは新潟、長野、山梨、それに高校のあった関西からもこの機会に東京へということで、あわせて23人のにぎやかな会の席上でのこと。

  • 50年という歳月は、残酷なほどに互いの容貌・容姿……頭髪の有無・色相を変え、眼の輝きを置き去りに細くしてしまい、中には大病を経て人柄まで入れ替わったかと疑うほど、集まったそれぞれを変化させてしまっています。当時のバレーボールのエースアタッカー、100mを11秒台で走った俊足も、いまや普通の60代、かえって、あの頃病気がちだった人が、今も元気で現役を張っている!バブル、そしてリーマンショックで、会社はなくなったが、俺は不滅という人も……

  • 人間のどこにそれほどの記憶力があるのかとびっくりするほど、50年前の当時の学生服姿、女生徒だった制服姿へと、あっという間にタイムスリップして、あたかも肉親や兄弟姉妹、あるいは隣同士の住人のごとくに、互いに距離感なく話し込んでいることに気がつくのでした。TVや映画でフラッシュ・バックの場面によく出会いますが、実にあんな感じ。

  • 9月に松本の旧開智学校の記事で、,小Kaitigakko2_2学校の教科書のことを書きましたが、われわれは昭和23年、戦後初めての検定済教科書を使った世代で、「おはなをかざる みんないいこ」が、最初の読み書きでした。映画「瀬戸内少年野球団」の腕白坊主たちが、教科書の塗りつぶしを体験したり、それまでの男女別学がある日突然男の子・女の子が一緒になり大騒ぎした世代からみると、1~2年あと、ということになります。

  • 振り返ると、その後の戦後復興から昭和30年代~40年代の高度成長期に、学校から社会に出て、ひたすら、前を向き、時代を信じ、社会を信じて頑張ってきた幸せな世代だったと思えます。有名な木下恵介の映画「二十四の瞳」の中で、高峰秀子演じる大石先生を囲んで、中年になった小学生たちが同窓会を開きました。そのとき、すでに男の子の半数が戦争の犠牲になっていて、生き残った田村高広演じる磯吉も戦争で失明していた……。たしかに友達の中には、徴兵された父親がビルマやニューギニアで戦死され、母親の細腕のみで育てられた厳しい境遇の人もいるけれど、自分たち自身が生きたこの65年間についていえば、わが国は、平和が続いているのです……。

  • Yk60sinnjuku 出席者から誰からともなく近況の報告がありました。卒業後間もなくの同窓会、結婚前後のころの集まり、子育て中や働き盛りの頃の同窓会……などなど何度かの集まりがありましたが、現在はおおよそ男性は定年後数年あまり、女性は子育てを終え、親の看取りも済んで、なかには伴侶の見送りを経験している年頃と、勝手に想像しています。

  • 話の内容は、以前なら会社のこと仕事のこと、そして家族や子供や孫といった身の回りのことだったのに比べて、自分自身のこと、つまり、今自分がどんなことに関心を持ち、日々どんなことに親しんで生活しているかといった話題になっていたように、感じました。自分自信を見つめる年齢、人生とか生き方を振り返る年齢になったということでしょうか。互いの話の中身を、ひやかしたり、うらやましがったりした時代もあったように記憶しますが、この日は、自らに置き換え、うなずきながら聞き入っていたよう……?

  • Hanamusubi席上出席者全員に素敵なプレゼントがありました。わたしは不勉強だったのですが、NHKTVでも全国放送されたという「結び」の要職にある同窓生からで、この日のために用意してくれた、来年の干支の「寅」と、落ち着いた色あいのペンダントでした。和やかだった今日の集いの記念と、わがつれあい、そして、息子の嫁さんのみやげにといただいて、帰路につきました。

  • 撮影:2009年10月24日.

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2009年10月22日 (木)

日本海の夕日

  • 091020_165423_2 新潟の友人が、寺泊(新潟県長岡市)の夕日の写真(携帯)を送ってくれました。

  • 『午後から弥彦という山の麓の日帰り温泉に行ってきました。紅葉には少し早かったのですが、久々にじょんのびしてきました。(ゆっくりとかのびのびという意味)。帰りに回り道して、寺泊の海を見て帰ってきました。 久々に日本海は荒れて、防波堤に波しぶきが高く上がっていました。荒海に沈む太陽が、とてもきれいでした。携帯で撮ったんですが、感じは出ていると思います。』(2009,10、20,16:23の撮影)

  • 私は、これまで日本海にはあまり縁がなく、寺泊から見えるであろう佐渡ケ島も、島影を見たことがありません。5年ほど前、出雲崎まで行ったことはあるのですが、そのときあいにく荒天で海はただただ灰色でした。松尾芭蕉の「奥の細道」講読会で、有名な「荒海や佐渡に横たふ天の川」の句を勉強した時も、実景の印象がなく、想像するしかありませんでした。

  • そんなわけで、友人の夕日の写真を新鮮に感じました。………その連想で、4年前に新潟かDewa32 らもう一段北の、山形県湯の浜温泉海岸に出かけたとき、たまたま見ることのできた夕日を、思い出しました。

  • やはり芭蕉の「奥の細道」をたどる旅で、東京から新庄まで新幹線、そこから最上川~羽黒山~鶴岡~湯の浜温泉とドライブしたのですが、湯の浜海岸に着いた夕方5時ごろ、写真のような真っ赤な夕日に出会ったのです!!。

  • その時の様子をスライドショーにしていましたので、ご紹介します。

    ⇒⇒こちら

  • スライドショーのなかで「トリカブト」の記事がありますが、友人の指摘によるとどうも「シラネアオイ」の間違いのようでした。

    『トリカブトの写真、我が家にあるシラネアオイとそっくりです?6年前の年4月、つれあいの納骨をした日、小さな鉢に6~7輪の花を咲かせて、見送ってくれました………』。

  •  スライドショー作成日:2005,10,10

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2009年10月17日 (土)

箱根駅伝予選会観戦記(立川市)

  • 2010年正月の箱根駅伝の予選会、朝9時に陸上自衛隊立川駐屯地をスタートした選手Hakoneeidenn1_3 たちを、市内7キロ地点のところで、応援しました。ゴールは昭和記念公園。

  • きょうの参加者は47大学550人。写真はその先頭集団です。前列右のスカイブルー180番は、東海大学村澤明伸選手で、20キロを59分08秒の第1位で走り抜けました。7キロのこの地点から、ゴールまでずっと先頭を走り続けたようですが、、記録表をみると彼は1年生!。写真をクリックすると拡大します。

  • きょうの予選会で来年正月の本大会出場を勝ち取った大学は、〈1〉駒大〈2〉東農大〈3〉上武大〈4〉日体大〈5〉帝京大〈6〉城西大〈7〉専大〈8〉青学大〈9〉東海大〈10〉亜大〈11〉法大と発表されており、この先頭集団には、駒沢大や、東農大、日体大の選手がそろっています。

Hakoneekidenn2

  • 観戦した歩道からガードレールを境に、選手たちは手の届く至近距離を走り 抜けていきます。先頭集団や第2グループあたりからは、若者の激しくも規則正しい息遣い、アスファルトを飛び跳ねていく集団の足音が、軽やかにかつ力強く、耳だけでなく五感全体に伝わってきました。そのリズムが、集団が後方になっていくと、息遣いがやや粗くなり、足音が重く不規則に聞こえたのは、私の思い過ごしだけではないように感じました。

  • 先頭集団からおよそ5~6分で、ほとんどの選手が次々と駆け抜け、10分ほどで、まばらになってしまいました。駈けていった選手たちを紹介します。あなたの友達、恋人、あるいはお子さん、お孫さんが走っておられるかもしれません。

Hakoneekidenn3 Hakoneekidenn4                                              

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  • Hakoneekidenn5 現場にいた時間は待ち時間も含めておよそ30分ちょっとでしたが、大学の使命感や仲間への責任感をを背負い、一方では、日ごろの自分自身の鍛錬を試し、新年箱根のヒノキ舞台への夢を乗せ、ひたすら前を見て走る若者たちを目の当たりにして、私自身もまだまだ頑張ってみようという不思議な力がこみ上げてくるようで、さわやかな時間を過ごせました。

  • 撮影:2009年10月17日

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2009年10月16日 (金)

あす箱根駅伝予選会

  • Hakoneekidenn1 年明けの箱根駅伝をめざした予選会の季節が、今年も廻ってきました。JR立川駅には、参加各大学の幟が、ずらりと並んでいます(2009年10月15日)。

  • コースは陸上自衛隊立川駐屯地をスタート、市内を走った後、昭和記念公園をゴールとする20㎞。

  • 9:00スタートと聞いています。コースは、自宅からすぐ近くなので、今年も選手たちの力走ぶりを、応援に行くつもりです。

  • Hakone2天気は曇りの予想。写真は昨年の模様ですが、あす、いい写真が撮れれば、追加して、記事にしたいと思っています。

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2009年10月10日 (土)

ニュルンベルグ交響楽団「ピアノ協奏曲第5番(皇帝)」

  • Nyurunnberug1 一橋大学兼松講堂での「ニュルンベルグ交響楽団」公演に出かけました。2009年10月4日。

  • 曲目は、ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番“皇帝”、同じくベートーヴェン「交響曲第7番」で、公演前、CDで少々確かめてから、期待に胸ふくらませて自宅から近くの会場に向かいました。秋色深まり始めた日曜日の午後でした。

  • ニュルンベルグ交響楽団の創立は1946年。自分に置きなおせば、生まれてすぐのころ、なんと60年余の歴史!。ドイツ、そしてヨーロッパのクラシックの中心地で、確固たる地位を築き上げている名門楽団で、今回が初来日ツアーという。この日は日本での最後の公演ということでした。

  • 兼松講堂の小じんまりしたやや狭い舞台に、大柄、彫りの深い顔立ちのドイツ人男女の演奏者が、黒をベースの衣装でおよそ40人ほど、中央のグランドピアノを包み込むように居並んで、いよいよ演奏が始まりました。あの勇壮な、ワーグナーの喜劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲から………

  • 3曲の中ではベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番“皇帝”」が、私の全身に残りました。冒頭ピアノの独奏で始まり、続いてオーケストラ全楽器が壮大に力強く盛り上がったかと思うと、いつしかホルンが聴き分けられました。やがて随所に現れる世の中にこれほど美しい音楽があるのかと思えるような、いつかどこかで聴いた旋律が流れてくる………、………、Nyurunnberug4 ………、

  • 実はいまこのblogを書きながら、“皇帝”のCD(ピアノ:ゲルハルト・オピッツ、ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団,1996)を流しているのですが、私の乏しい文章表現力では、書けば書くほど、その内容が美しい旋律からかけ離れてしまいそうなので、この辺でとどめておくことにします。ともかく、素晴らしかった。

  • もう一つのベートーヴェン「交響曲第7番」は、軽やかな、オーケストラならではのさまざまの響きが連続しました。けれど、同じベートーヴェンの交響曲第5番「運命」のダダダダーンとか、第6番「田園」ののどかな田舎を思い起こさせるようなメロディを探しあてることが出来ず、私にとってはいまのところ、この第7番は単調な繰り返しの連続に聞こえ、終わってみれば「ただ素通りされてしまったような」音楽だったと、書いておきます。

  • 指揮の宮城敬雄さんは大奮闘で、親しみやすい感じの方でした。兼松講堂のある一橋大学OBの経歴で、いわば凱旋公演。アンコールで、ブラームス「ハンガリー舞曲第1番」、メンデルスゾーン「結婚行進曲」を堪能させてもらい、おまけにフィナーレは、会場いっぱいに山田耕作の「赤とんぼ」の合唱まで演出してくれました。ニュルンベルグ交響楽団のドイツからの皆さんも、3時間近く、目いっぱい汗をかきながら宮城さんにfollowして、われわれに素晴らしい演奏を届けてくれました。

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  • 会場の「兼松講堂」については2007年10月に、このblogで書いたことがあります。あい変わらず落ち着いた雰囲気のたたずまいでした。一方それとは対照的に、兼松講堂からすぐ近くの構内の一角で、学生たちによるプロレス・エベントが始まっていました。公演のはじまる前の待ち時間のスナップとして、ご紹介します。

  • 撮影:2009年10月4日

Nyurunnberug2                   Nyurunnberug3                            

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2009年10月 4日 (日)

中秋の名月

  • ゆうべは中秋の名月、ここしばらく曇りや雨続きだったのが、月の出のころから雲がOtukimi3_2 切れはじめ、名月を眺めることができました。

  • 地元の仲間で続けている「芭蕉を読む会」で、市内のホテルの11階を会場にして、「お月見の会」を開きました。ホテルのレストランの大きな窓から、月が見られそうだと目星をつけ、8月頃にリザーブした甲斐があって、雲間から名月が顔を見せてくれました。参加メンバーから思わず歓声があがり、拍手になるという和やかな会になりました。

   名月や池をめぐりて夜もすがら  芭蕉

   月天心貧しき町を通りけり     与謝蕪村

   名月や故郷遠き影法師      夏目漱石

  • Otukimi4 「月の句」と題した名句のいくつかが、会の講師の先生から紹介がありました。

  • 芭蕉の「夜もすがら」の句もさることながら、私は蕪村の句が好きです。『夜半の月が中空に輝いている。その月の光を浴びながら、貧しい家々の立ち並ぶ町を通ると、どの家からも灯りは洩れず、ひっそりと寝静まっている』。江戸の庶民の暮らしが偲ばれます。

  • 漱石の「故郷遠き」の句は、ロンドン時代の句と思いますが、異国からの望郷の思いが切ないです。

Otukimi2 Otukimi1                                                       

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  • 「お月見の会」には、すすき、おいも、そして月見だんごが、飾られました。時折雲間から顔を覗かせてくれた名月を仰ぎ、子どものころを思い出したりしながら、楽しい会になりました。月見だんご、17個盛られているのですが、みんなで写真におさまったあと、各々1個づつを土産にし、散会しました。

  • 撮影:2009年10月3日。

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2009年9月30日 (水)

横浜散歩④完 港の見える丘公園、外国人墓地、元町

  • Yokohamalast1 9月の最後の記事は、横浜散歩④.これもきょうでラストになります。

  • 港の見える丘公園に入ってみると、思ったほど広くはなく、また、そこから見える港も、マンションなどの建物越しで、ベイブリッジが間近に見える程度でした。

  • 聞くところによると夜景は横浜では屈指の美しさらしく、日本三大夜景と呼ばれる函館・神戸・長崎の山より標高がずっと低く、見渡せる景色の範囲は限られてしまうが、その分港を間近で見ることができるという。想像するしかありません。

  • Yokohamalast2 少し歩いて、外国人墓地。門は閉ざされていましたが、ちょっと背伸びして、撮ってみました。19世紀から20世紀半ばにかけての40余国、4400人余りの外国人が葬られているとありました。いま、誰がお墓の御守をし、どんなゆかりの人たちが、お墓参りをしているのだろうか?、ここに眠る人たちの霊が、地下でどうしているんだろうなどの思いが、頭をかすめました。お墓はあくまで静かでした。

Yokohamamap Yokohamalast4                                                      

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  • 「横浜山手」とよばれるこのあたりを歩いていると、フランス橋、アメリカ山などの港町らしい地名などが多い。右上のイギリス館もその一つで、ペリー来航のころから重要な役割を果たしたイギリス外交団以来、居留地防衛のための軍隊が駐屯したイギリスにもゆかりが深いこの地に、昭和12年に英国総領事公邸として建てられたものということでした。界隈の庭には、バラ園が多く、開花の季節は、素晴らしいと思われます。

  • Yokohamalast3 外国人墓地から坂道を下りると視界が開け、自然にアメリカ山と表示のある明るい公園に出ます。そこを通り抜け、公園の一角にあるエレベーターホールから下りると、あっという間に地下鉄元町中華街の駅に出ました。なんでも外国人墓地の北側の斜面と地下鉄の駅舎上部とを一体的に整備し、全国初の立体都市公園として横浜市が開港150周年となる今年2009年(平成21年)8月に一部開園したとあるので、新顔ほやほやのスポットというわけ。

  • 元町は大勢の人出でやいへんなにぎわいでした。9月の5連休の初日、まだ11時前でしたが、年末の上野アメ横商店街を彷彿とさせるようなにぎやかさ。「スリにご用心」の立て看板があちこちにあり、あわてて身辺を引き締め、おのぼりさんよろしく商店街を歩いた後、地下鉄経由で、渋谷に向かいました。

  • 今回の横浜散歩の記事は、これでおしまいです。お読みいただきありがとうございました。撮影日2009年9月19日。

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