諏訪神社(立川市)
「諏訪神社」は全国に2500あるといわれ、立川市にも、古く西暦811年に、長野県諏訪大社から勧請された諏訪神社が、駅から10分ちょっとの街の中にあります。新緑の晴れた朝、はじめて参詣しました。
鳥居をくぐった参道は背の高い杉の大木に覆われ、5月の木漏れ日とのコントラストで、たちどころに、神域の雰囲気に吸い込まれました。
楼門はどっしりとして、左右の門には弓矢を携えた、武者像が迎えてくれました。普通は仁王とか、四天王、あるいは天狗あたりの像が定番なのですが、ここは武者像であるのが、目を引きました。あるいは神社の謂れからして、北条氏ゆかりの誰かなのか、ガラスに背景が反射して、やや見づらい武者像ですが、ご存じの方は、当コメント欄にて、教えていただければ幸いです。
由来をひもといてみます。大国主神の第ニ御子建御名方神は諏訪湖の畔に住むきわめて武勇に富んだ神として崇められ、信州諏訪大社に祀られましたが、勧請により嵯峨天皇弘仁二年(811)立川柴崎村出口(今の諏訪の森公園)に分祀された。
これが立川諏訪神社の始まりで「武蔵国風土記」「江戸名所図絵」のも名をとどめ、東国きっての名社として大勢の人々の信仰をあつめている。 非常に強い神様で全ての厄から守ってくれるーー。 ちなみに「勧請」は「かんじょう」と読み、神仏のおいでを願う意で、神仏の分霊を他の地にも祭ること(三省堂、新明解国語辞典による)。
さらに、諏訪神社全体について調べてみると、諏訪神社を中心とする神道の信仰を諏訪信仰(すわしんこう)といい、諏訪信仰は日本全国に広まっており、特に北条氏の所領に多い。諏訪神社の数は全国で約2,500社である。鹿児島県では祭神名の建御名方命から南方神社(みなかたじんじゃ)としているものもあるーー。
本殿は、市内最古の木造建造物でしたが、平成6年に火災により焼失、その後、平成13年に新しい社殿が再建され現在の立派な姿になったとのこと。月曜日の午前で、参詣の人もまばらで静かでした。写真に、赤い袴姿の巫女さんでも入れられると、いいショットになるのですが、それは正月や七五三でないと望めないかもしれません。
最後に神社には珍しく土俵があった。8月末の例大祭には奉納相撲があったり、あるいは、国体の予選会の会場になったりする由緒のある土俵のようですが、立川諏訪神社と相撲の縁については、日を改めて調べてみます。
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2年前の夏、諏訪大社そのものにお参りしたときの写真。上社だったか下社だったか?さらにもう13年位前になりますが、御柱祭で、ご本社に行った記憶があります。
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