「罪と罰」 下(ドストエフスキー)……サンクトペテルブルグ 10
ようやく一通り原作を読み終えました。ドストエフスキーの文章は、実に、次から次へと脈絡がないかのように、様々のテーマが織り込まれていて、そのひとつひとつについて、何を表現しようとしているのか確かめようとすると、ついていくだけで精一杯というのが、率直な- (第一)読後感です。
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訳者の工藤精一郎氏は、「罪と罰」の要素として、次を掲げる。
- 推理小説的な要素:犯人ラスコーリニコフと予審判事ポルフィーリイの知的対決
- 社会風俗画的な要素:1860年代の夏のペテルブルグの下町の様子と、そこに住む人々の風俗がリアルに描かれる。
- 愛の小説の要素:殺人犯ラスコーリニコフと聖なる娼婦ソーニャの、愛を奥底に秘めた信念の対決。更に絶望的ニヒリスト、スヴィドリガイロフと、ラスコーリニコフの妹ドウーニャの愛憎、微妙な心理の葛藤。
- 思想小説の要素
私にとってドストエフスキーは初対面で、このような要素については、まだまだ手探りと云った所。わずかに、この夏現地に行った事で、ペテルブルグの手触り肌触りが、伝わってくる程度だ。
幸いにして、ドストエフスキー、「罪と罰」には、読解本・解説本がずいぶん贅沢にあることがわかった。わが夏目漱石に解説本がいっぱいあるのと同じだ。さっそく、図書館で、次の2冊を借りてきた。おもしろそうなので、購入することにした。そのうち、読み進んで、その感想など書いてみたい。
ウラ読みドストエフスキー:2006年清流出版 清水正著
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下巻で、記憶に残ったところ、断片的になるが、次の2つ。いずれもポルフィーリイのセリフ。
- もしある人間が罪を犯しているならば、いずれにしても、その人間から何かしら動かぬ証拠が、かならず現れる
- この世の中には正直ほど難しいものはないし、お世辞ほどやさしいものはありません。もしも正直の中に百分の一でも嘘らしい音符がまじっていたらたちまち不協和音が生れて、そのあとに来るのはースキャンダルです。またその反対にお世辞はたとい最後の一音符まで嘘でかたまっていても、耳にこころよく、聞いていて悪い気持ちがしないものです。どんな無茶なお世辞でも、必ず少なくとも半分はほんとうらしく思えるものです。
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