時が滲む朝(楊逸、文芸春秋2008年9月号)
はじめて日本語を母語としない外国人作家が芥川賞を受賞したと話題になった「時が滲む朝」を、文芸春秋8月号で読んだ。
作者は1987年に来日したというから20年ほど前だが、それにしても、私の1/3にも満たない時間しかたっていないのに、これだけの日本語を操り、日中両国の情報を組み込んで、小説に仕上げる才能(努力?)に、素直に驚いた。
8月号の選評をみると、受賞の選考委員会では意見が大きく分かれたようで、高樹のぶ子、池澤夏樹、川上弘美、黒井千次、小川洋子各氏らが肯定的なのに対し、石原慎太郎、村上龍、宮本輝氏らは、はっきりと否定的な意見を述べている。
たしかに、読んでいて、文化大革命や天安門事件、香港返還などの中国現代史が走馬灯のように書き込まれていたり、登場する中国の青年たちやその家族の生活に根ざした息づかいが伝わってきたり、その中で、日本の昭和30年から40年代の世相を思い出させてくれたりと、大いにひきこまれる部分がある一方で、主題となっている二人の青年の革命志向とその挫折、彼らとひとりの少女をめぐる恋のあれこれとその結末などは、薄っぺらな感じがした。興味深々読み進んだ時間と、なんだか読者が軽くあしらわれているような、裏切られたような時間が交錯した。「時が滲む朝」という題名も、わかったようでわからない。
……… …………
今北京は連日オリンピックで大いに盛り上がっている。写真は2002年の夏、私が北京に行ったときのものだが、天安門広場も様変わりのにぎわいになっていることだろう。あのとき、垣間見た茫漠とした熱気、広い中国大陸から集まった人々の身なり・顔形・早口の言葉づかいなどに見られた混沌の様子を、この小説を読んで、また、実感した。
民主化を熱心に語っているかと思えば、そのことで集まった仲間を商売のタネに利用したり、友情や信義に厚いかと思えば、舌の乾かないうちに裏切っていたり、我愛中国と熱烈に叫んでいるかと思えば、日本人とは比べようもなく家族の絆を大切にしていたり、今更ながら、中国の人たちの強さ、したたかさ、しなやかさも感じた。
作者は受賞者インタビューの中で、「日本人はみな真面目で、なんでも重く受け止めすぎますね。もっと楽観的で、無神経にならないと、生きていくのが難しいところもあるんじゃないでしょうか」と語っている。
オリンピックが終わると、次は上海万博と、隣の大国は当分間違いなく、その影響力を増していく。そのさき、さらにどのような国になっていくのか、全くわからないが、隣の、この巨大な国の人たちと、あらためて腰を据えて対峙していかねばと、感じた次第。その意味で、作者が引き続き、日中のよき相互理解のために、続編的な作品を発表されるのを期待したい。
<追記>
芥川賞に関しては、2007年2月に、「ひとり日和」(青山七恵)を記事にしたことがあります。「時が滲む…」とは、まったく別の世界の日本の若者の姿が、書かれていました。
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コメント
時が滲む朝を盆休みに読みました。文化革命後から天安門事件にかけての一途な中国青年の描写にはかって60年代の学生運動に思いを馳せながら面白く読みました。が後半はガラッとかわり通俗小説を読んでいるような感じを受けました。長編小説に向くようなテーマであったのにと思います。しかしkijさん同様、来日20年の子持ちの女性が「ワンちゃん」で文学界新人賞、2作目で芥川賞受賞とは。今後に期待したいものです。
投稿: すずか | 2008年8月20日 (水) 20時30分
やはり、読まれてましたね。
おなじ8月号の「日中大論争」、双方言いっ放し
の、ケンカまがいの掛け合いです。
少数民族対策、わが国が、昔アイヌ、征韓、などなど
で犯した同じことを、より巧妙に進めているーー
共産党1党支配でやりたい放題ーー
投稿: kij | 2008年8月20日 (水) 23時12分