「家族の昭和」(関川夏生、新潮社)
この本は家族をめぐって、戦前、戦後、そして昭和の末の3つの時期を、小説、映画、テレビ台本を素材に、その時々の事件(もちろん戦争も…)や時代相とともに描いている。我々世代のだれもが実体験してきた家族の全盛期・下降期、そしてやがて来るであろう落日期の哀感を思いながら、自分が過ごしてきた昭和という時代をふりかえる格好の読み物だった。
素材になっているのは、向田邦子「父の詫び状」「あ・うん」、幸田文「流れる」「おとうと」、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」、戦後になって小津安二郎の「秋刀魚の味」「東京物語」、昭和末期は鎌田敏夫のテレビドラマ「金曜日の妻たちへ」「男女7人夏物語」などだった。それぞれ一度は読んだり、見たりしたものであり、いずれも、文章として、また、映像として、今でも、記憶に深く残って(金妻、男女7人は淡い記憶)いて、身近な昭和史と、受け止められた。
向田ものでは、昭和戦前、暗い時代で、父の権力が存在したが、それとても、苦労人でわがままな父親を家族全員で支えよう、父親を心おきなくいばらせようと努力する家族の物語だった。家族の心のふれあい、温かさがしっかりあった。
幸田文は、言うまでもなく幸田露伴という厳父、娘にとっては「英雄」とも慕う父親が、娘に言葉と身体で家事を仕込み、その薫陶を受けた娘(文)が、自分の家族(『おとうと』)や、自らが一時女中奉公に出た芸者置屋(『流れる』)で、存在感を発揮する物語で、こちらも、今日平成における、個人中心・個人バラバラの家族では、とっくに形骸化した助け合いや思いやりの心が、浮き出ていた。
それが、戦後の高度成長を経て、やがてバブルに向っている頃の「金妻」「男女7人」あたりになると、いささか怪しい家族物語となって、友情亀裂・浮気・自分探し・自己主張の人模様が展開される。テレビドラマの登場人物は、古谷一行、坂東英二、奥田瑛二、女優陣では小川智子、森山良子、篠ひろ子あたりになり、私よりひと世代若く、およそ、昭和23年頃の生まれであろう。
この頃の私は、ご他聞にもれず会社人間で、毎晩深夜帰宅、頭の中は、ほぼ利益・効率一辺倒で、わが社宅の妻たちが見ていたであろうこれらのドラマとは、縁の薄い存在で、記憶もはなはだあやしい。人気ドラマだったとは思うが、主役ぼ影はおぼつかなく、家族離反の走りのころであっったろう。昭和の末期のその頃(60年代)は、日本にとっても家族にとっても不毛の時代ではなかったか?
最終章に出てくる、小津安二郎の「東京物語」。これは高度成長前期の昭和28年の映画。尾道から旅立った両親(笠智衆と東山千栄子)だったが、東京の娘や息子の家の居心地が落ち着
かず、旧友(東野英治郎)を訪ねるが、その旧友宅も下宿人に占められていて居場所がない、やむなく、もう一人の友人(十朱幸男)と、3人で飲み屋へ行く。そこでの共通の話題は、「それぞれの息子が、子供時代に見込んだほどにはならなかった」という失望、繰り言、現実実感だったが、これには、自分の今も含めて、ほろにがく共感を覚えるのだった。(写真は、先週放映されたNHK-ハイビジョン映像から)。
最近年の国勢調査では「一人暮らし世帯」が、全世帯の3割を占めるという。まさに、家族の「落日期」で、否応なく、それへの心構えもしなくてはならない。
<追記>
本書で取り上げられていた吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」を、本棚の奥から取り出して再読した。それについては、稿を改めて書いてみたい。
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コメント
全くと言っていいほど本を読まないので、いろいろな読書感を書いてくださるのは楽しみです。
今 家族とは?夫婦とは?子供とは?を考えさせられる真っ只中にいます。
商売で売り上げ 利益率 そんなことを考えている時、今のようなことに頭を悩ませるとは思いもしませんでした。迂闊に生きてきたんですね。
投稿: kawaranadesiko127 | 2008年9月14日 (日) 22時33分
『商売で売り上げ 利益率 そんなことを考えている時』は、それが人生のすべてだった、血気盛ん、何が何でもやるのが人生、と思っていたので、迂闊ということではないのでしょう。
会社勤めの私も、少しでもいいポストを、とか、あいつには負けたくない などだけが、当時の毎日でした。
今ようやく、家族を振り返るようになっているのが、「おたがい様」なのだと思います。それも、自分たちがソコソコ元気だから、周りが見えるのではないでしょうか。
感想コメントありがとうございました。
投稿: kij | 2008年9月16日 (火) 11時16分