新宿御苑のさくら
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例年より早い桜の開花が報じられていますが、きょうからしばらくは、また寒気が居座るとの予報。曇り空の朝ですが、ひさびさにコンパクト・カメラで、となりの公園とわが庭の花の様子を、撮ってみました。
ゆきやなぎ。もう、これほどまでに咲いていたのかと、びっくりするほど。今朝の冷たい風には、その風情が奥ゆかしい。(写真をクリックすると拡大します)。
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朝よりは夕(ゆうべ)が白し雪柳 五十嵐播水
れんぎょう。ゆきやなぎ以上に、いつ咲いたかわからないほど、静かに開いています。
桜草は、曇り空で、写真は地味になってしまいました。
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連翹に挨拶ほどの軽き風 遠藤悟逸
そはそはとしてをりし日の桜草 後藤夜半
桜草の句。「そはそはと~~」という上五が、実は今朝の私の気分にピッタリで、この句を拾ってみました。携わっている仕事でふれあう方々との会話が、年度末と、このところの不景気で、ともすればとげとげしい雰囲気になっていて、これではいけないと、カメラを取り出した次第。きょう、このあとも、若干の予定が入っているのですが、写真の花々で、もうすこし気持ちに余裕を持って落ち着きたいものと、自分に言い聞かせています。
もう一枚。1週間前の写真ですが、クンシランが寒い冬を越して大輪を開かせていました。本日現在、花びらをわずかに残すだけになりましたが、その頃は、彩の少ないわが書斎を飾ってくれていました。
追記:去年の今頃も、ゆきやなぎ、れんぎょうを、記事にしていました。⇒⇒こちらをクリックしてみてください
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普段のWalkingコースから、いつも眺めている立派な建物の宗教法人が、地域開放エベントとして、松平定知元NHKアナウンサーの講演会を開催すると聞いて、出かけました(2009年3月7日)。
それぞれの瞬間、自分がどこで、誰と一緒に(あるいは、どういう仲間と)、その画面を見ていたのか、記憶をたどっておりました。会場の『応現院』、外観は普段遠くから眺めていたが、近くで見たのは初めて。すごいの一語に尽きる建物で、一歩中に入るとその広さ、完備されたエスカレーター、立派な内装、あちこちに飾られている彫刻・絵画(仏像・仏画)などなど、最近完成したばかりということもあってか、目を瞠りました。
この日は、地域開放エベントだったが、信徒さんらしい方々が多く、ほぼ満員の会場は、みなさん整然として、松平さんの名調子に聴きいっていました。
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「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」「魔笛」がモーツアルトの4大オペラといわれて
いて、そのうちのフィガロが、近くの所沢で、国立音大オペラ研究会の本公演として上演されると知って、出かけた。2009年3月6日。
あいにく、低気圧が関東地方を通過中で、激しく冷たい春の大雨の中だったが、会場の所沢市民文化センターミューズマーキーホールは、若い人を中心に、かなりの盛況。このホールは馬蹄形の演劇ホールで、英・シェークスピア劇場のスワン座を参考に設計されていて、奥行きのあるステージ、音響・照明設備などもすばらしい。オーケストラ・ビットには、40名くらいのフル・オーケストラが控えていて、オペラ鑑賞の雰囲気としては、最高レベルの舞台に、盛りあげられていた。もちろん字幕つき。
めまぐるしく推移するドラマのなかで、聴きなれた「序曲」、フィガロのアリア「もう飛べないね恋の蝶々さん」、ケルビーノの「恋とはどんなものか」などが、耳に入ってくると、ああ、あのメロディだ、あの唄だなど、うなずきな
がら舞台の進行を見守った。若い学生さん演ずる歌手の皆さんが、日頃の練習の成果を、せいいっぱい表現されているようで、好感が持てた。(写真は、ベルリン国立歌劇場1999年での「恋とはどんなものか」の場面、世界文化社DVDから)。
「フィガロの結婚」の観どころは、アンサンブル・フィナーレにあるとのこと。この舞台でも、第2幕のフィナーレ(出てこい、無礼な小僧よ!、伯爵夫人、伯爵、フィガロ、スザンナほか)のアンサンブル、第3幕のフィナーレ(行進曲です、行きましょう、フィガロ、スザンナ、伯爵、伯爵夫人ほか)では、会場いっぱい、おおいに盛り上がっていた。
モーツアルトの音楽は美しくきれいだ。だが、それだけではないのだろう。このオペラは、人間のもつ本質的なドロドロした愛欲や権力欲の世界を描いていて、そうした情感が、楽曲の中に組み込まれているはずで、それらを歌い上げ
るには、並はずれた力の蓄積が求められるのだと思う。写真のDVD版ベルリン歌劇場の歌手たちは、男女を問わず堂々たる体格で、脂ぎった、突き抜けるような、あるいは突き刺すような歌唱力をそなえている(2枚目の舞台写真は同じDVDの第2幕フィナーレ)。
それに比べると、この日の舞台上の展開は、われわれと同じ体格の学生歌手の皆さんで、イキはいいが、あっさりとした日本食のようで、小気味よいけれど、あれよあれよと見ているうちに、余韻がイマイチ残らない歌が終わってしまう、言葉は悪いがシリキレトンボの感もした。
オペラ研究会の部長さんがパンフレットの挨拶で、「この本公演は、私たちにとって一番大きな舞台であり、見せ場であり、一番の目標であります。練習を通じて、オペラ1本を勉強するというのは本当に大変なことなのだと心から感じました。また、オペラ研究会では演奏だけでなく舞台裏の仕事も自分達で行っています」と書いていたが、その意気込みと努力の結実を、3時間半、十分楽しませてもらった。
最後に、今回のパンフレットに掲載されていた、練習風景を、研究会の皆さんの次なる公演を大いに期待して、紹介させていただくことにします。
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*モーツアルトのオペラ、関連記事
コシ・ファン・トゥッテ(コンサート記憶帳③) 03/2/10
大学院オペラ「コシ・ファン・トゥッテ」(国立音楽大学) 08/10/21
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映画「アマデウス」の中のモーツアルトの父は、ひょうきん・下品な息子モーツアルトにとって厳格な父、息子の嫁のコンスタンツエにも、時折抵抗されることもあった『神童の父』だった。また、このblogでも書いた「モーツアルトの手紙」の中でも、息子が世に出ることを願い、離れて住む息子に事細かに指示を出し、成長の後には手ひどく反抗されて、失意のうちに一生を終えるという、「役割」はあったけれど「人格」は認められていない存在だった。
この本は、その「モーツアルトの父、レオポルト」の人格そのものに焦点を当て、著者が構想する「モーツアルト家の物語」の序章として、1719年のレオポルトの出生から、1756年のアマデウス・モーツアルト(7番目の子)の誕生までを、描いていた。
ちなみに著者の構想によれば、本書に続く第2部が「神童ヴォルフガングの栄光の時期」、第3部「自我の覚醒から父親への反逆と独立」、そして第4部は「第2のヴォルフガンクを育てようという父、結婚できない姉のナンネル、糸の切れた凧で女と見れば誰にでも手を出すヴォルフガングにヒステリーを起こす妻~~といったどろどろの家族の生態」、挙句の第5部は「急坂を転げ落ちるような現実の崩壊、一方音楽は前人未到の高みに達するが、難しいとの評判で人気は落ち目の終焉の姿」とのことで、壮絶壮大なスケールの読み物になるようだ(昭和5年生まれの著者の旺盛な精神力が驚異、本書は2008年5月初版で、完成は著者の90歳くらいか?)。
前置きが長くなったが、BOOKデータベースでは、『時はフランス革命前夜、貧しい町人の子に生まれながらも学業成績抜群。貴族の子弟に伍して超エリート大学へ、末は博士か大臣?のはず…だったが、何の陰謀か封建社会最底辺の楽士稼業に身を落とすハメに。母からも絶縁され天涯孤独の身となったレオポルトの運命は…』~~~
と、紹介されている。
天才の父レオポルトが、「脱階級」を唯一の人生目標として、悩みながら努力し続け、辛抱・忍耐の限りを尽くして悪戦苦闘する姿が、全編の主題で、このあとの、天才ヴォルフガングを理解する伏線として、一気に読み切れた。
中でも当時(18世紀)のヨーロッパの社会構造、すなわち人間は働かない者5%(王と貴族と高
位聖職者)が、庶民95%から税金を~~それぞれが王の税(国税?)、領主の貴族の税(地方税?)、カトリック教会の税(??)と三重にとりたて、それで食っていた上に、権力と庶民の活殺の権をほしいままにしていた、きわめて不平等な世界だったが、その実情が、たくみにレオポルドの脱階級闘争の日常の描写に組み込まれていた。
結果的に、天才の父・レオポルトは、目標を実現できず、その夢を、ヴォルフガングに託することになり、すでに、見てきた神童の3年半にも及ぶ家族そろっての東方大旅行や、父と神童の2度にわたるイタリア旅行につながっていくわけだが、私の「モーツアルト伝」の新たな視点として、興味深い位置付となった。
*写真:映画アマデウスから:左からレオポルト、コンスタンツェ、ヴォルフガング・モーツアルト
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きょうは午後から雪になるという予報。兄弟6人全部男、一人息子はもちろん男、ふたりの孫も男・男~~のわたしに、友人がひな飾りの写真をお相伴に送ってくれました。
『我が家のお雛様です。以前は7段飾りで2組飾ったのですがここ数年はこのように飾っています。飾るというよりひたすら並べる?その上、段はピアノを利用。二段目は鍵盤でその下はお雛様が入っていた箱。よく見ると一段が高いんですが、なかなかいいアイデアだと思っています』~~~。
歳時記をみると、「桃の節句」ともいうようで、桃は古来邪気を祓う仙木とされ、古くは3月上巳の日*に、宮中で桃の花を浮かべた酒を飲む習慣があったのが、一般でも行われるようになった。白酒、雛菓子、お膳などを備え、その前で子供たちが食事をしたり遊んだりする春の伝統行事。雛は、女の子の成長を願い、穢れを祓うという習俗、雛祭りのあと、古い人形や紙雛を近くの川へ「雛流し」をするなどとあるが、さすがに、バレンタインデーあたりの、どこか浮ついた行事と比べれば、格の違う季節感がありますね。
別のお母さんは、「私のうちは、旧暦に飾ります。その頃になれば桜だよりがあり、桃の花も開花する」と言っていました。ちなみに今年の旧暦の3月3日は、月末の3月29日です。
いきいきと細目かがやく雛(ひいな)かな 飯田蛇笏
*「3月上巳の日」と書きましたが、「3月初めの巳の日」のことで、「曲水の宴」が太
宰府天満宮などで行われることを知りました。巳の日には、祓いの風習があり、流し雛、雛祭りの起源となっていて、中国の上巳の節句が渡来したもので「日本書紀」にも、その記録があるとのこと。写真は京都府城南宮の曲水の宴の様子で、こちらでは、4月29日と11月3日に行われるらしいです(新日本大歳時記による)。
曲水の詩や盃(さかずき)に遅れたる 正岡子規
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