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2009年4月28日 (火)

千住真理子の「四季」(コンサート記憶帳⑤)

  • 千住真理子のヴァイオリン独奏とN響メンバーによる合奏団の公演に出かけました。Sennjumariko プログ゙ラムはヴィヴァルディの「四季」と、モーツアルトの「アイネ・クライネ」など(2009年4月26日、アミュー立川)。

  • 4月からNHKラジオ「土曜あさいちばん」の、「クラシックでお茶を」と云うコーナーで、彼女の気軽なトークと、その日の一曲を紹介する番組が始まり、『あ、今朝もあの声だ』~~など、千住真理子が身近になっていたこともあり、公演が楽しみだった。

  • 演奏はさておき、その使用楽器の1716年製ストラディヴァリウス、「デュランティ」。300年の間だれにも弾かれずに眠っていたという名器を携えているとのことで、その音色・音量など聞き分ける耳を自分は持たないけれど、、一度はライブで聴いてみたかった。同じ思いの人たちなのか、会場はほぼ満席だった。

  • ヴィヴァルディの「四季」は、自分にとって、まだクラシックになじみのなかった頃でも別格で、今Vibarudhi3 から40年くらい前、当時パイオニアの大きなステレオを思い切って買って、一番最初に求めたのが、「四季」とカラヤンによる「新世界から(交響曲第9番、ドヴォルザーク)」だった。
  • その「四季」のレコード・ジャケットを見ると『ヴァイオリン独奏 : フェリックス・アーヨ、イ・ムジチ合奏団 1959年録音 フィリップス』 とあって、全く意識していなかったが、「四季」が、世に知れ渡るようになった頃の古典らしい。何回も聴いたものだ。例のステレオは、ほぼ40年、何度かの転居に付き合ってくれたが、一昨年、今のアンプに切り替え、その時以来、LPレコードは、お蔵入り。

  • コンサートに話を戻す。千住真理子、すらりとした美形、さすがにポスターのような若さではないが、瞑目する長躯細身の、白い肩から伸びた左右の二の腕が、ストラディヴァリを縦横に操って演奏する舞台は、1000人余を超す聴衆を、彼女一点に惹きつけていた。12人のN響メンバー合奏団とも、見事に調和していた。

  • 「四季」は、ヴィヴァルディの故郷北イタリアの四季を音楽によって表現した「表題音Vibarudhi1 楽」だが、それぞれの曲に、ソネット(定型詩)がついている。春には「鳥の歌」「泉の流れ」、夏には「焼けつく太陽」「稲妻や雷鳴とそれに慄くハエや蚊」などが歌われ、秋には「収穫を祝う村人」「角笛と鉄砲を持って犬とともに狩りに出る村人」、さらに冬には「冷たい雪の中でこごえてふるえ」「あらゆる風たちが戦っている」様子などが、歌いこまれているという。それらが、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、チェンバロで表現されるのだ。

  • また、この曲は、演奏者が違えば、ひとつひとつ、違った表現の「四季」になるという。Vibarudhi2 先日もNHKの「名曲探偵アマデウス」で、「四季」を取り上げていたが、そこでの演奏は、「管弦楽:ベニス・バロック・オーケストラ、指揮:アンドレア・マルコン、バイオリン:ジュリアーノ・カルミニョーラ」と、テロップにあった。第一ヴィオリンのひょうひょうとしていながら、力強い演奏、また、チェンバロ(はげ頭!)を正面中央に置いての指揮ぶり、それに、10人余のメンバーが、急~緩~急の四季の構成を、絶妙の呼吸でダイナミックに、あるいはリズミカルニあわせていて、楽しい演奏だった。

  

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2009年4月21日 (火)

泉体育館のさくら(立川市)

  • Izumitaiikukann5 ことしの桜をもうひとつ書きとめておきます。ふだんプールを利用している、立川市の泉体育館のさくら、樹令もかなり経っているようで、例年見事な咲きっぷりを見せてくれます。

  • この体育館は、二つある市の体育館のうち、古くからあるほうで、設備はやや古くなっていますが、来館者は多く、柔道・剣道、バレーボール・バスケットボール・卓球・バドミントン、ダンスなどなど、さまざまなスポーツ行事が、次々に催されていて、にぎわっています。

Izumitaiikukann1 Izumitaiikukann6_2                      

  • 撮影した日は4月6日で、うすぐもり。月曜日だったので、人出はそれほどでもなかったが、花見のお母さん達が、新学期をまじかに控えてた子どもたちと、のどかに、弁当を広げ始めていました。

  • トンネルの下に入ると、頭のてっぺんからつま先、そして、身体の中の、細胞のひとつひとつまでも、ほんのりさくら色に染まってしまうような幸せな気分になりました。次の句は、それに似た五感の様子を詠っているように思えます。

   さきみちてさくらあをざめゐたるかな   野澤節子

Izumitaiikukann2 Izumitaiikukann3

  • 体育館のすぐ前に多摩モノレールの駅があり、また、最近目の前の道路が美しく整備されました。毎年秋行われる箱根駅伝予選会のコースにもなっているなど、市民の憩いの場所して、見違えるような環境となり、桜が終わったあとも、通い続けています。

  • もう一つの柴埼市民体育館の前が、根川緑道、こちらの桜は、昨年このblogで取り上げました。桜の季節になると、アクセスがどんどん膨らみました。ありがとうございました。

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2009年4月18日 (土)

高麗神社(埼玉県日高市)

  • Komajinnja さくらが過ぎ、緑のあざやかな季節に変わっていますが、4月6日に訪ねた高麗神社のことを、書き残しておきます。

  • 埼玉県日高市の「巾着田」から、すぐ近く、歴史をひもとくと、西暦700年頃までさかのぼる由緒ある神社で、高句麗王族とされる高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)が、祭神とのこと。明治以降濱口雄幸、幣原喜重郎、鳩山一郎などが、この神社を参拝した後総理大臣になったので、「出世明神」とも崇められているらしい。落ち着いた境内の、樹齢??年のさくらが、目いっぱいひろがって満開でした。

Komajinnja4 Komajinnja2

  • 桜並木はいい。桜のトンネルは豪華だ。しかし、そうした連なるさくらとは又趣を異にして、静かな神域に、一本の桜が凛として、あたり一面を覆い尽くすように咲いている姿は、バレエ「白鳥の湖」のプリマドンナが、両手をいっぱいにひろげ、つま先立ち、背筋をうんと伸ばして、舞台狭しと踊っているようにも思えました。

  • 境内を抜けると、「高麗家住宅」がありました。代々高麗神社の神職を勤めてきた旧家とのことで、満開は過ぎていたが、しだれ桜にかざられた古い家は、250年前の江戸時代に建てられたものだという。
  • 残念ながら中に入ることはできず、外観写真だけとなりました。

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  • あと1枚、飯能市に住む友人のSHさんが、撮られた高麗神社の初詣風景を、つけました。

   

Komajinnja5

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2009年4月13日 (月)

絵画館(明治神宮外苑)

Kaigakann_4 

  • 「神宮外苑の絵画館」は正確には「聖徳記念絵画館」というそうだ。今まで、近 くに何度も出かけたが、今回はじめて中に入った。

  • 中央の玄関から入る。高さ32mの吹き抜けの中央ドーム両側(東西)に、東西の長さ112mの国産大理石造りの壁床の展示ゾーンが、両翼に展がっている。そこに日本画40点、洋画40点、あわせて80点の大壁画(3m×2.7m)が飾られていた。壁画の80枚あわせた長さは、延べ250mに及ぶ。

  • 明治天皇は孝明天皇の第二皇子として1852年に誕生、1867年に16歳で父天皇を継いで、122代の天皇に践祚(即位)、大政奉還により、1868年(明治元年)東京遷都、以来、1912年(明治45年)に61歳で死去(崩御)された。その61年間の日々が、絵巻物の如く、静かな館内に展示されていた。

  • Kaigakannpannhu パンフレットに見るように、昭和のはじめ、岡田三郎助、鏑木清方、中村不折、藤島武二などの当時の一流画家の揮毫・奉納による壁画である。王政復古、五カ条御誓文、西南戦争、憲法発布、教育勅語、台湾鎮定、日露役旅順開城、日韓併合、そして大葬まで、日中戦争から太平洋戦争前夜の昭和初期の歴史観による、明治の輝きの回顧画集が一目で鑑賞できた。

  • いまさらながら、明治という日本の「躁の時代」を、いま100年に一度と言い訳のようにいわれる経済危機の「鬱の時代」に眺める時間は、隔世の思いだった。これら壁画に登場している人々がもし生きていたら、その眼に100年後の日本のきょうが、どう映るのであろうかと、愚にもつかない思いにかられた。

  • 都心の超一等地の、超堅牢な歴史的建造物の内部に、入場者は、われわれ夫婦のほかに、2~3組出会った程度で、閑散としていた。おかげでじっくり鑑賞できたが、「常設展示で、1回見たらそれでおしまいの凡庸空間」なのか、「日本建国の幾多の苦難の歴史に敬意を払う聖地」と見るかは、人それぞれだろうが、一度訪れてみる価値はある。

  • グッズ売り場にはだれもいなかったが、いろいろ並べられた中で、「聖徳記念絵画館壁画」という画集を記念に求めた。昔風のガラス窓で仕Kaigakannbook切られた、入場券窓口越しから、購入したいと伝えると、係の中年女性が、ヒョイと振り返って、無言で戸棚の引き出しから写真の画集を出してくれた。3,000円と少し高かったが、開けてみると、なんと平成20年12月発行の最新刊で、くすんだ色ながら厚みのある豪華な装丁だった。

  • ページを開くと、『岩倉具視、大久保利通、伊藤博文らが、明治4年に欧米視察に横浜から出港旅立ち』の絵や、『明治38年、旅順開城で、乃木大将がロシアの敵将ステッセルと水師営で会見、ステッセルが乃木将軍に愛馬を送る図』などなど、子どものころ、父や母から口づてで聞いたことのある、遠い明治の記憶が、美しい彩色の印刷で、ピッタリ80枚そのまま、まぼろしのように眼に飛び込んできた。なぜか、懐かしくも不思議な思いがしたが、たぶん、この感覚は、わが息子には、ましてや孫には通じまい。

  • 外観写真:2,009年3月31日撮影。

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2009年4月 8日 (水)

さくら満開、昭和記念公園

  • Shouwa2009sp14b さくらシリーズ。満開の昭和記念公園です。4月7日、自転車で出かけました。

  • 園内は、満開の桜のほか、菜の花、ポピー、チューリップ、ムスカリ、れんぎょう、ゆきやなぎ、桃などが、咲き乱れ、緑の葉っぱも少しづつ芽をふき始めて、1年中で、いちばん華やかな時を迎えていました。

  • スライドショーの各ページに「春の歌」という、野口雨情の歌詞をつけてみました。Shouwa2009sp9b 「さくらの花の咲く頃は うらら うらら~~」という、のどかな歌です。BGMにはなっていませんので、よろしければ、次のサイトで、聴くことができます。

    You Tube 春の歌

    または

    春の歌 オルゴール

  • ごゆっくりどうぞ。撮影:2009年4月7日
  • 過去の記事

  昭和記念公園 2008年4月 2008,4,5

  銀杏散る、昭和記念公園(立川市) 2008、11,24

  箱根駅伝予選会(昭和記念公園~立川市) 2008,10,18

  盆栽苑(昭和記念公園) 2008,4、8

  ユキヤナギ、雪柳 2007,3,18

    

  

  

  

  

  

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2009年4月 6日 (月)

「巾着田」の桜と菜の花(埼玉県日高市)

  • Kinntyakuda2 4/5の日経新聞に、次のような記事が掲載された。

▼今の時期、花見といえば桜というのが大方の思いだろうが、菜の花畑の可憐(かれん)
な黄も捨てがたい。この週末、両方を同時に楽しめるのが埼玉県日高市の巾着田(きん
ちゃくだ)という場所だ。蛇行する高麗(こま)川に丸く囲まれた土地の形から、その名が付いた。

▼稲作に向かないこの土地を開拓し水田にしたのは1200年以上前、高度な技術とともに朝鮮半島から渡来した人々とされる。高麗(こま)郡と呼ばれたこの一帯だけではない。未開拓地だった関東平野の各地に移住した「北朝鮮の高句麗系の渡来人」は農業などに高い生産能力を発揮したと東京都発行の東京100年史にある。

  • 記事はこのあと、叡明な「高句麗」の末裔である、現在の北朝鮮が、物騒なテポドンをKinntyakuda1 発射することに、自制を求める内容だが、ともかくも、ちょうど見ごろの現場へ行ってきた。
  • のどかな風景だった。特別の飾りもなく、茶店やもちろん物売りもおらず、自然そのまま、満開だったが、月曜日のまだ早い時間だったので、自然そのままを、味わうことができた。
  • 埼玉県の南部にある日高市内を流れる清流高麗川の蛇行により長い年月をかけてつくられ、その形がきんちゃくの形に似ていることから、巾着田とよばれる。
  • 一帯は特に秋の曼珠沙佳(まんじゅしゃげ)の群生で知られるが、春の桜も、なかなか味わいがあった。菜の花畑に身を置いて、まあるく連なる土手の満開の桜や、遠景の低い山(日和田山305m)を眺めると、古い時代に、タイムスリップしたような、不思議な感覚になる。

Kinntyakuda3 Kinntyakuda4                                                   

  • 左の写真、さくらの根本Kinntyakudamap あたりが、いちめん曼珠沙華らしい。ガイドを見るとこれが、直径約500メートルのきんちゃくの高麗川の土手、17ヘクタールにわたって、赤で塗られた部分を覆い尽くすこととなる。今日の桜は、その内側の土手、菜の花は緑の畑の部分に咲いていることになる。

Kinntyakuda5

  • 撮影:2009年4月6日

~~~~

  • <追記>
  • 飯能市在住のSさんが、日和田山からの巾着田全景の写真を送ってくださった。なるほど、『きんちゃく』の形だ。クリックして拡大すると、高麗川の蛇行、土手の桜並木の様子などが、いっそうよくわかる。ありがとうございました。

Kinntyakudatop

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2009年4月 4日 (土)

国立 大学通りの桜 

  • Daigakudori1 都心は満開のようですが、40キロ西のこちら国立は、けさ8分咲きと云ったところ。例年UPしている大学通りの歩道橋からの写真です。

  • くもり空なのは、仕方がないとしても、3年前までは、道路の向こう、遠景写真の中心にとらえていた、あの三角屋根のJR国立駅舎がなくなったことは、やはりさびしい。(末尾に3年前の写真)

Daigakudori2 Daigakudori4

       人の声ふえてくるなり朝桜  馬場節子

  • 国立に住んで15年、変ったようで、変わっていない桜の姿。たしかなことは、15年を数えたこと。多くを望まず、ただ、きょう健康であることをよしとする気分。

    さまゞゝの事おもひだす桜かな   芭蕉

Daigakudori3

  • 撮影:2009年4月4日。

  • Kunitati13 「死んだ子の歳を数える」と云う言葉を思い出したが、3年前、2006年4月の桜。三角屋根の木造駅舎がある!!

  • 下記の2006,3,30の、スライドショーでも、きれいな駅舎と桜が見られます。

  • 過去の記事

        さくら、国立の朝スライドショー(2006,3,30)

    満開、国立大学通り(2007,4,1)

    国立の桜(2007,3,28)

    国立大学通り(2008,4,1)

   

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