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2011年10月31日 (月)

千昌夫・新沼謙治 ジョイントコンサート

Sennmasao  東北出身のふたりの演歌歌手によるジョイントコンサートを見た。2011年9月27日、立川市市民会館。

 会場はわれわれ世代のご婦人を中心に満員の盛況。中に混じっている男性もふくめて、庶民、庶民、庶民、ざわざわ耳に入る話し声・笑声は、雑然としてにぎやかだった。クラシックのコンサートとは、別世界。.

 チャリティの仕組みが組みこまれていたのか、なかったのかはっきりしない。しかし、ふたりとも被災地の希望の星であり、現地に何回か足を運び活躍中だ。コンサートに出かけることで、なんらか東北の応援になるのではいう思いもあった。

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 スタートは新沼謙治。大船渡出身。9月9日に、元バドミントン世界チャンピオンの奥さんを亡くし、ショックを受けているはずの舞台。

 ”嫁に来ないか”、“ヘッドライト”、”津軽恋女”などの熱唱。「せっかくだから会場を廻ります」と握手攻めに遭いながら、1階全席を廻ってくれた。まじめそうな人柄、ことし55歳とは思えないすらりとしたスタイルで、胸にじんとくる歌いぶりだった。自分の席にも間に合って、握手をしてもらった手が熱かったし、笑顔からは人柄が伝わってきた。

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 メインステージはやはり千昌夫。稀代のエンターテイナーだ。詳しいことはわからないが、一時3,000億もの借金で表舞台から姿を消したが、今では、それも糧にしての人気ぶり。今64歳のはずなので、今日の観客とほぼ同年代。

 ”俺だって君だって””君がすべてさ””夕焼け雲””アケミという名で十八で”など、聴き覚えのある歌。”星影のワルツ”はもう45年も前のヒット曲だ。極めつけは”北国の春”、35年前の世界的大ヒットだ。

 ”しらかばァーあおぞォーら、みィーなァーみかァーぜェー”、会場内あちこち唱和が始まって、すぐに大合唱へ。ひとりで来ていた隣の女性客(おばあさん)も、大声で歌っている。青春、青春。

 「語り」も大うけで、場内の笑いを盛り上げた。脱線したのか?計算ずくなのか?中味が下ネタ臭く、きわどくなると、さすがに、こちらが一段見くびられたような気がした。そこまでのサービスは要らないんだけど!

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 ふたりの個人技で、休憩なしの2時間ちょっと。大音響のアンプと絶唱が、(音楽というものからはほど遠く)、ガンガンと、観客の聴覚と脳髄にぶち込まれ、感覚・感情を揺さぶられる超娯楽の時間。まあ、たまにはよろしいのでは? ストレス発散、甦る熱球!だった。

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2011年10月27日 (木)

秋の夕暮れ、昭和記念公園

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 昭和記念公園は、夕方5時で閉園となる。秋の夕景色はどんなだろうと、サイクリング。自宅から15分ほど、いつでも思い立ったときに出かけられるのはありがたい。見なれた“みんなの原っぱ”も、ほとんどの人が引き揚げて、いつもとは違った表情だった。2011,10,27,16,28。

Shouwayuugesiki4Shouwayuugesiki3

 

 原っぱの白色コスモス園。夕日に照らされた様子は、まもなく迎える夜を前に、”きょう一日おつかれさま”と語りかけてくれていて、なぜか、わが身が、コスモスの静かな白い群れに吸い込まれていきそうな、幻想に包まれるようだった。2011,10,27,16,33。

Shouwayuugesiki2Shouwayuugesiki1_5

 あとふたつ、昭和記念公園の秋の夕方の表情を、紹介しておきます。左は昔見た西部劇映画のインディアンのような、ススキの一種だと思われるもの。このあいだNHK-TVでも紹介されていた。正式な名前がわかったら、この部分は文章を差し替えたい。2011,10,27,16,23.

 ⇒さっそく、コメント欄で、この花の名前が「パンパスグラス」だということを、教えていただきました。ありがとうございました(10,28記)。

 右は、今や明治神宮外苑と並んで知られるようになったイチョウ並木。こちらの本格的な黄葉・黄落は、あと3週間くらい先と思われる。2011,10,27,15,52。

 写真はすべて、クリックで、拡大します。ぜひ、ご覧になってください。

 

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2011年10月25日 (火)

ホウレンソウ、小松菜、かぶ、レタスの発芽(農園記11-23)

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 春のようなポカポカ陽気だけれど,季節は移り秋の空。広々とした農園に、自分と野菜たちだけの静かな世界。日ごと成長している冬野菜を相手の、緑の中での作業には、地に自らの足を付けているたしかで充実した手ごたえがある。ややオーバーだが”無上の幸せ”といったところ。

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 10/18に播いたかぶ(左手前)、レタス(そのむこうわずかに写っている)、ホウレンソウ(右手前)、小松菜(その向こう)が、順調に発芽した。ちょうど1週間だ。かぶ゙・レタスにかぶせていたパオパオを外し、このあと芽が大きくなるのを、待つことにした。

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 となりの畝の野菜の成長も目を瞠るほどで、今日はそのうち、二つを紹介します。左のニンジンは、葉の下の黄橙色の根っこがだいぶ太くなっている。(ニンジンの原産はアフガニスタンだそうだ)。右は白菜(中国北部原産)で、緑がまぶしい。目下、キャベツやブロッコリーとともに、アオムシなどがつかないよう、それぞれの葉を裏返しにして、虫が発生していないかどうか、注意して点検している。きょうの点検では、被害はなかった。

 

 休肝日京人参の紅きかな    草間時彦

 ……人参には身体調整機能がある

 白菜をラガーの如く横抱きに  田村一翠

 ……冬到来、ラグビーのシーズンでもある

 

<撮影日>2011年10月25日。

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2011年10月24日 (月)

秋色、昭和記念公園とギンナン

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 きょう10月24日は「霜降(そうこう)」という二十四節気の日。朝晩の気温が下がり、霜が降りはじめる頃と云われている。が、実際はかなり暖かく、長袖シャツで十分の感じだった。それでも、秋は確実に深まっていて、昭和記念公園は、だいぶ色づいていた。夜来の雨が、まだすこし残っていそうな感じもあたっが、休日明けの公園を楽しむ人たちが、暑くもなく、寒くもない静かで落ち着いた秋色の中で、くつろいでいた。

Shouwaaki4  コスモスはいまがピーク。ことしは白色コスモスが多いせいか、今日のような曇り空の下では、いくぶん沈んで見える。一方、背の低い種類が植えられていて、ここしばらく続いた雨風によっても、倒れているものはほとんどなかった。

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  園内のイチョウが次第に色付き、ギンナンが、落ち始めていて、そこここで、ギンナンを拾い集めている人の姿が見られた。この公園のギンナンは、やや小粒だが、場所によっては、地面が黄色がかった橙色に染まり、拾いきれないほどと思われた。

 拾ったあと、水洗いしたり、その後の皮むき、独特の臭いなど、持ち帰ってからの作業が一苦労だけれど、これから冬にかけて、捨てがたい味覚、晩酌の一品としても最高だ。

 ギンナンについて、10/22日経夕刊に、次のような記事があった。Shouwaaki6_2

……つぶれたギンナンが出す独特の臭いの成分は酪酸など、果肉に触るとひどいかぶれをおこすこともある。少し苦めの味わいは格別で、茶わん蒸しの具には欠かせない。最も簡単な調理法は、封筒の中に塩と一緒に入れ電子レンジで加熱する「封筒ギンナン」。パンパンと破裂する音がすればできあがりだ。食べ過ぎると中毒になることがあるので注意が必要だ。特に解毒機能の弱い子どもは「年の数まで」といわれる……。

 同じ記事に“今年は小粒が多いが、例年にない豊作。スーパー店頭では1パック(300グラム入り)が300円前後で、平年よりも1割ほど安い”、ともあった。

 

<撮影日>2011年10月24日

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2011年10月23日 (日)

「モーツアルト:フィガロの結婚」 (2011国立音大大学院オペラ)

 恒例の国立音大大学院オペラ、ことしは「フィガロの結婚」だった。まずはじめに”素晴らしい舞台だった”と書いておきます。(2011年10月16日、国立音楽大学大講堂,写真は公演PRチラシから)

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 音大オペラでは、これまで、いずれもモーツアルトで「コシファントゥッテ」「ドン・ジョバンニ」などを見てきたが、ことしは最高の盛り上がりで、(それほど多くはないが)これまで自分が見たオペラ公演の中で、いちばんと言ってもいいほどだった。各出演者の歌唱・演技、舞台装置・衣装、現田茂夫指揮のオーケストラ、どれも満足できた。この舞台を、前から7列目ほぼ中央のS席で見られたことも、幸いだった。

 聴きなれた序曲で、いよいよ始まるという軽い興奮。幕があがると今日スザンナと結婚することになっているフィガロが、伯爵から2人の部屋として与えられた一室にどうやって家具を入れようかと楽しそうに寸法を測っている………おなじみの軽快なスタート。このあとテンポよく進む舞台での、アリア、アンサンブルとも、モーツアルトならではの親しみやすさのオンパレード………

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楽しんだところを、いくつかふりかえってみる。

 第1幕で、伯爵、バジーリオ、スザンナの3重唱で、椅子の覆いを取ると中からケルビーノが出てくるところ。オペラを見はじめたころ、大人がなんでかくれんぼや鬼ごっこみたいなことを大まじめにやってるんだろうなどピンと来ないことがあったが、今ではモーツアルトのオペラの真髄がこういうところにあると、思うようになった。

 この日の音大の演出も、なかなかいい調子だった。伯爵、スザンナ、バジーリオが椅子のまわりをあっちこっち、どうやって自然にケルビーノを隠すか、歌いつつ演じつつ、ずいぶん、リハーサルを重ねたんだろうな……

 ケルビーノの独唱。第1幕の”自分で自分がわからない”、第2幕のアリエッタ”恋とはどんなものか”は、自分も中学生か高校生だったころは、そういう夢想とか悩みを持ったことがあったっけ……といったところ。

 第1幕フィガロの“もう飛べないね、恋の蝶々さん”は行進曲風で軽やか。かと思うと第2幕伯爵夫人の“愛の神よ”は中年の女ごころをしんみり聴かせていて、さかりを過ぎつつある女性の悲哀が胸に迫る。

 第3幕冒頭で、伯爵が“ひどい奴だ”と歌い始める2重唱の中でスザンナと逢引の約束をする場面で、スザンナが「はい」と言ったり間違えて「いいえ」と言ったりして伯爵の気持ちを手玉に取るところも笑ってしまう。

 いろいろあるけれど、なんといっても、各幕のラストのアンサンブル・フィナーレが圧巻だった。特に第2幕のフィナーレ、”出てこい、無礼な小僧よ”。伯爵、伯爵夫人、スザンナ、フィガロ、そこに、マルチェッリーナ、バルトロ、バジーリオまで人物が新しく登場するたびに、歌とドラマがめまぐるしく変化し進んでいく。手前オーケストラビッドの指揮者のボディーアクションも最大限におおきくなって、大拍手のうちに幕……

 いろいろ書き始めると、どの曲もすべて楽しかったということになる。モーツアルトは底抜けに明るく、それでいて、人間の弱さ、醜さ、そしてなにより大事な温かさを歌いあげる。それらのことは、また、どこかでフィガロの舞台を見た時に書けるよう残しておきます。

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 2:00の開演、20分の休憩をはさんで終演は6:00ごろだった。さすがに疲れた。この日の会場は、大学の講堂であり、観客は若い女性が圧倒的に多かったので、われわれシニアは、頑張るしかなかった。

 その疲れは、パンフレットに音大教授磯山雅さんが、次のように書いていたことで納得した。

 ~~「大学院オペラ」では、正攻法の、基礎を重んじた舞台作りが伝統になっている。奇をてらった演出も多い昨今だが、特殊な解釈はむしろ避け、名作の世界に正面から迫ろうとするのが、われわれの行き方である。今年の公演では、とかく省略されがちな音楽教師バジーリオやマルチェッリーナのアリアも歌われ、“フィガロの結婚”の全貌が伝えられるはずである~~~

 

 これまでの関連記事↓

 フィガロの結婚(コンサート記憶帳④、国立音大オペラ研究会)

  「魔笛」、「ドン・ジョヴァンニ」……モーツアルトのオペラ

  「魔笛」 (東京二期会:新国立劇場オペラパレス)

 大学院オペラ「コシ・ファン・トゥッテ」(国立音楽大学)

  コジ・ファン・トゥッテ(国立音大公演)

 コシ・ファン・トゥッテ(コンサート記憶帳③)

 

 オペラ、モーツアルトのオペラ、について、どんなことでも結構ですので、(コメント欄に)書き込んで、頂ければありがたいです。無記名でも、もちろんOKです。

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2011年10月22日 (土)

一年ぶりの四谷

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 立川に引っ越し、都心の勤務も終わって久しい。時折、夜の街に出かけると、懐かしい思いにかられる。街の明かりは節電で少し暗くなった気がするが、歩道ですれ違うビジネスマンの上司と部下らしい会話、フラットな仲間同士で繰り出したらしい4~5人の笑い声、、帰路を足早に急ぐ独身っぽいOLのちょっと硬い表情……、既視感が甦った。写真はクリックすると拡大します。

 むかしの職場の後輩が、四谷での飲み会に声をかけてくれた。去年もこの時期だった。新宿通りと外堀通りが交わる四谷交差点、2011年10月19日午後6時ごろ。

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JR四谷駅と、真向かいの上智大学。おのぼりさんよろしく、こんな時間、特別変哲のない風景に、カメラを構えているのは、自分だけなのはよくわかっていたけれど、ともかく、こういう時間を記録してみた。どこかからベートーベンの「街の歌」が聞こえてくるような気がした。

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 都会のど真ん中、メインストリートの曲がり角のフラワーショップ。大通りは車がひっきりなしに音を立てて走っている。誰が花を買うんだろう?

 時間を潰しているうちに、予定の時間が来て、しんみち通りへ入る。ビジネス街の仕事が引けるにはまだちょっと早いのか、人出はこれからの様子。呼び込みがちらほら出始めて、両側の飲み屋は、これからかきいれ時。震災前にくらべて、しんみち通りの景気がどうなのか、ちらっと頭をかすめたが、それはそれ、案内された店のある地下一階へ下りて行く。みんな来てるかな?

<撮影日>2011年10月19日

 関連記事:ひさしぶりの四谷

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2011年10月18日 (火)

かぶ、レタス、ホウレンソウ、小松菜の種蒔き-2 (農園記11-22)

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 かぶ、レタス、ホウレンソウ、小松菜の種蒔きをした。先週末の雨があがって2日が経過し、畑の土がほどよくほぐれて、絶好のコンディションだ。10月は未だ日照時間がたっぷりあって、種の生育を応援してくれる。が、油断をして、1週間種蒔きを伸ばすと、日照時間が短くなり、1日の差が、収穫時にはより大きな差になるという。

 手前はホウレンソウと小松菜のために、支柱で種蒔きの筋を作ったところ。その向こうがレタス、かぶの床だ(隣の区画の里芋で蔭になっている)。4種の種のうち、比較的大粒のホウレンソウを除いては、スペースにまんべんなく蒔くのに、かなりの集中力が必要だった。深からず、浅からず、固まらず、空きすぎず~~~

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  水菜(手前正面)、春菊(手前右)、次いでキャベツ、ブロッコリーの順。いずれも、成長が早く、中でも、水菜は間引きが追いつかないほどだ。右写真は大きくなったネギ、その先が白菜。(影法師はワタシ)。

 

     一束の水菜うつくし旅の町  鳥羽とほる

 水菜は春の季語だが、秋のはじめのこの季節でも、そのまま通用する。

     ☀☁☂☃  ☀☁☂☃ 

Tanemaki10184 いちばん奥が、あと1週間もすれば堀り始めようと思っている里芋だ。

 手前の大根と、白菜の緑がいずれもまぶしい。いままさに育ちざかりだ。葉を大きく広げた白菜が、間もなく来る寒さの中で、球形になっていくはずだが、すぐにはイメージできない。まだまだ自分の知らない自然の営みが、これから日々進んでいくと思うと、ちょっとわくわくする。

 

 ☀☁☂☃  ☀☁☂☃ 

 注意すべきは、キャベツの葉の裏に、アオムシや、小さな粒状の虫を、かなり発見したことだ。白菜、ブロッコリーを含め、暖かさのある間、警戒したい。きょうは、葉の裏を重点に、防虫剤を施した。

 一連の作業で約3時間、あっという間に過ぎた。気温22度と快適だったので、心地よい汗を流した。

 30㎡のわが農園だから、この程度の労働ですむ。専業農家の方々は、こうした作業を日永一日、来る日も来る日もやっておられるのだ。”農業”というのは、相当腰をすえないとだめなんだろうな~~と実感している。

 <撮影日>2011年10月18日

 

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2011年10月15日 (土)

かぶ、レタス、ホウレンソウ、小松菜の種蒔き (農園記11-21)

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 10月の農園講習は、かぶ、サニーレタス、ホウレン草、小松菜の種蒔きだった。本格的な秋になって、今回がことし最後の種蒔き。

 ホウレン草と小松菜は春に経験済みだ。一方かぶとレタスははじめて。中でもレタスの種は極めて小さく、注意して播く必要がありそうだ。蒔き方は、5CM間隔くらいにして、3~4粒落としていく。また、秋は春夏のように、発芽までの水やりを、それほどがんばらなくともいいとのことだった。

 

 「種蒔きは、雨があがって、土が乾いてから」が大事。きのうから雨が降り続いているので、天気の回復状況を見て、蒔くことにした。ただ、これからは、日照時間が短くなり、収穫を考えると、少なくとも向こう1週間以内には、蒔き終えるようにとのことだった。

Noenn1018 

  ☀☁☂☃  ☀☁☂☃ 

 

 今、畑に育ちつつある作物について、これからの対応について、以下の指導があった。

  • 里芋・八つ頭:10月下旬から収穫できる。うち、八つ頭については、芋だけでなく、茎(ずいき)も、あく抜きをして、ゆでて酢味噌和えなどにして食べられる。
  • ……(夕食に八つ頭のずいきを、酢味噌、マヨネース、ドレッシングをかけて食べてみた。格別おいしいとまでは言えないが、素朴な味だった)……

  • 水菜:かなり育ってきたので、日々、間引きをして食べ始めるのがよい。最終的には株間を5cmくらいにして、育てる。

  • ブロッコリー・キャベツ:土寄せをして、8号肥料を施す。特に、茎の伸び方が顕著なブロッコリーは、欠かさぬこと。

  • 白菜;間引きをして、マルチの穴ひとつに1株にする。間引きした株は、移植して育てることにした。葉の裏に虫がつきやすいので、白菜が球形になる前には、防虫をしっかり行う(虫がついたまま葉が球形に閉じてしまうと虫が生き残り、中味をやられてしまう!)。

  • 大根:間引は、白菜と同じ。ただし、根のある大根は、白菜のような葉ものとは違い、移植はできない。

  • ネギ:成長に伴って、土寄せを続ける。土寄せをしたあとの土の中の部分が白くなり、おいしく食べられる。ただし、成長点を隠さないないよう留意

<撮影日>水菜の写真は、10月8日のもの。きょうは、さらに大きくかつ密集して成長していた。その向こうのブロッコリー、キャベツも、写真の2倍くらいに葉を伸ばしていた。

 

 

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2011年10月11日 (火)

若き日の「モーツアルト躍進」コンサート (浜離宮朝日ホール)

Onndaimotuarut_2  「モーツアルト躍進」というテーマの国立音大主催のコンサートの記録。天才モーツアルトの10代の終わり、成年を迎える直前の力に溢れた作品を特集したものだった。(イラストは広報チラシから)。

 「カペラ・アウローラ・クニタチ」というチームが、18世紀中葉から後半にかけて製作された弦楽器群を用いて演奏している、今回が第4回の定期演奏会。昨年、音大小講堂で聴いた演奏会が印象的だったこと、またことしは、会場が一度行ってみたいと思っていた、浜離宮朝日ホールに設営されたこともあり、期待して出かけた。2011年9月30日。

<アイネ・クライネ・ナハトムジーク>:後半プログラム最初の曲。(10代終りの選曲)の例外ということだが、なんといってもなじみの曲で、指揮者の前田昭雄さんが、乗りに乗った感じで、さわやかで軽快な演奏だった。ちなみに1787年、31歳の脂の乗り切ったころの作曲だ。

 この機会に<アイネ・クライネ・ナハトムジーク>の意味をおさらいしておきます。

 ~~ドイツ語でEineは女性形の不定冠詞、kleineは「小さな」の意の形容詞kleinの女性形、Nachtmusikは、Nacht(夜)+Musik(音楽)の合成名詞で、「小さな夜の曲」という意味である。日本語では「小夜曲」と訳される。この題名は、モーツァルト自身が自作の目録に書き付けたものである~~。

<ソプラノと管弦楽のための演奏会用アリア K217>:アイネクライネのあと、きょうのメインエベントに入った。オーケストラをバックにした小泉惠子さんのソプラノは、堂々とした声量、歌いぶりで、息を殺して聴き入った。昨年の舞台でも聴いたことがある、ああ、あのときも素晴らしかったと記憶がすこしずつ蘇り、この日もいいなと思っているうちに、あっという間に終わってしまった。 

 歌詞の内容は美しいドリーナが、情熱的な求愛を受けて歌うアリア。モーツアルト19歳、イタリアのオペラ一座がザルツブルグにきたとき、そのオペラに挿入するアリアとして作曲した。

~~「あなたはきっと、誠のこころをお持ちでしょう。殿方は愛が燃えるとき、きっとそうお誓いになる。それは信じてさしあげたいのですが、私には信じられないのです」~~。

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<交響曲第29番イ長調K186>:ラストは1774年、18歳の時の交響曲29番。私も大好きで慣れ親し んでいる曲で、モーツアルトの若さがあふれた作品だ。

 完成度も高く技術的にも、さまざまな新しいアプローチがなされた交響曲だという。昨年のコンサートもラストを飾っていたから、このチームの定番曲らしい。舞台いっぱいメンバーのみなさんが、気持ちよく演奏されていて、そのまとまりが、そのまま会場いっぱいに伝わり盛り上がって、幸せな雰囲気だった。

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 浜離宮朝日ホールは初めてで、こじんまりしていて、落ちついた雰囲気。シューボックス型(靴底型)とのことだが、座席の平面図から、想像するのだろうか?

 ニューイヤーコンサートでおなじみの、ウイーン楽友会館に似た構造のように思う。今回のようなコンパクトなオーケストラや、少人数による室内楽のコンサートには、最高の舞台であるように思えた。

 

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2011年10月 9日 (日)

コスモスが見ごろ 昭和記念公園

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 昭和記念公園のコスモスが5分咲きといったところ。秋の柔らかな風にそよいで見ごろを迎えていました。2011年10月9日。

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 案内に「今年は北側の斜面を、昨年までの1品種から3品種に、コスモスの品種数を増やしています」とあった。ことしは丘一面に背の低い品種が植えられており、風で倒されているものはなく、また、これから満開に向かっていく時期なので、どの花にも勢いがあり、ひときわ色が鮮やかでした。写真はクリックすると拡大します。

Shouwa10095  連休の中日。これ以上ないという行楽日和なので、大勢の人でにぎわっておりました。

 人は自分とよく似た対象がが目に入るのか、この「花の丘」には、年配の夫婦や、孫を連れた母親と祖母といった親子3代連れが、多かったように見受けました。自転車専用コースでは、子どもたちや親子連れ、若いカップルで、混み合っていましたが、その人たちは、みんなの原っぱや、バーベキュー広場、パターゴルフなど、別のところで楽しんでいたのか、こちらでは、あまり見かけませんでした。

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 となりの「こもれびの丘」のそば畑では、白い花が咲きそろっていました。9月末に終わったNHK-TVの朝ドラ「おひさま」で、安曇野のそば畑を、よく見かけましたが、秋の情景として、そばの白さはコスモスとはまた別の清楚な郷愁をそそる空間でした。Shouwa100910

 帰り、自転車コースから、少し入ったところのイチョウで、ぎんなんが落ちていました。少しの 時間、ぎんなん拾いをして、やや小さめでしたが、持ち帰って来ました。

<撮影日>2011年10月9日。

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2011年10月 8日 (土)

白菜、大根、水菜、キャベツ、ネギの成長 (農園記11-20)

Noenn1018  秋晴れに恵まれた連休初日の、農園の状況。

 水菜が美しい緑になり、キャベツ、ブロッコリーも、それぞれ大きく輪を広げ始めていました。

 ブロッコリー・キャベツは9/8に定植、水菜は9/11に種蒔きをしていて、いずれも約1ヶ月内外の成長ぶり。秋の日を浴びて、緑がまぶしい。かなり密集しはじめた水菜を間引いた。

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 大根(9/5,9/15に種蒔)と白菜(同9/5)もそれぞれの緑を輝かせている。きょうは、白菜をマルチの穴一つに1株になるよう、間引きをした。

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 ネギ(8/2定植)とニンジン(8/2種蒔)も、しっかり大きくなっている。春菊は水菜にくらべると発芽も成長も遅いけれど、かなりの数の発芽と、その後の成長が確保できた。 ネギはいつでも採れそうになっているが、もっともっと育てて、冬の本格的な寒さがやってくるころ、どこまで白く大きくなっているのか期待十分だ。

 白菜と水菜の間引き菜が、夕餉の食卓に上った。冬野菜のとれたて第1号だ。これから徐々に収穫が始められると思うと、気持ちがにぎやかになってくる。

 ~~~ ~~~Tatikawasiikakotaro

 「立川詩歌の道」に、『葱』という高村光太郎の詩碑があり、立川の葱を”冬の精鋭”と表現している。わが葱は”長さ二尺”に届くだろうか?

 

 立川の友達から届いた葱は
 長さ二尺の白根を横へて
 ぐっすりアトリエに寝こんでゐる。
 三多摩平野をかけめぐる
 風の申し子、冬の精鋭。
 俵を敷いた大胆不敵な葱を見ると、
 ちきしゃう、
 造形なんて影がうすいぞ。
 友がくれた一束の葱に
 俺が感謝するのはその抽象無視だ。

<撮影日>2011年10月8日。高村光太郎詩碑は2006年11月30日。.

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2011年10月 6日 (木)

「土」 長塚節(ながつかたかし) (多磨10月号)

 Tuti1 俳句雑誌「多磨」10月号に、長塚節の「土」の感想文を載せてもらった。

 以下に紹介させていただきます。

 

 ☀☁☂☃  ☀☁☂☃ 

 長塚節(18791915)の小説『土』を読んだ。今から百年前、茨城県西部鬼怒川べりの貧農勘次一家を中心に、小作農の貧しさとそれに由来する貪欲、狡猾、利己心などを絡ませた物語だ。 

『土』で特筆すべきは、「筋」と並行して、彼らをとりまく自然の風物、日々の農作業、この土地の年中行事などが驚くほどリアルかつ克明に叙述されていることである。

……烈しい西風が目に見えぬ大きな塊をごうっと打ちつけては、又ごうっと打ちつけて、皆痩こけた落葉木の林を一日苛め通した。木の枝は時々ひゅうひゅうと悲痛の響を立てて泣いた。短い冬の日はもう落ちかけて、黄色な光を放射しつつ目叩いた……

小説の書出しで、関東の冬に特有の「強い西風」の厳しい情景が、読んでいて息苦しくなるほどの迫真の力で活写される。

……春は空から、そうして土から微に動く。毎日のように西から埃を捲いてくる疾風がどうかするとはたと止まって、空際にはふわふわとした綿のような白い雲が、ほっかりと暖かい日光を浴びようとして、僅に立ち騰ったというように、動きもしないで擬然としていることがある……

冬の間死んだように眠っていた土が動き出し春の訪れを告げる。正岡子規の作品にひかれ、やがて子規系の代表的な歌人となった節の写生文が生き生きと展開する。

……彼(勘次)は小さな身体である。然し彼は重量ある唐鍬を振り翳して、一鍬毎にぶつりと土をとっては後へそっと投げつつ進む。彼はその開墾の仕事が好きである。唐鍬の広い刃先が木の根に切り込む時には、彼の身体も一つにぐさりとその根を切って透るかと思うようである。土を切り起こす事の上手なのは彼の天性である……

吝嗇でいて盗癖があり、養父(舅)と陰湿な角逐を繰り返し、狭いムラ社会で亡妻を偲ばせる長女との間に父子相姦の噂まで立つ勘次だが、雨が降らなければ毎日必ず年頃になった長女と畑に出て一緒に耕し、唐鍬を振るって荒れ地を開墾する。

   ○

 今年から始めた「体験農園」は、八月末に白菜、大根、かぶ、次いで九月には春菊、水菜と冬野菜の種蒔きをした。隣の畝では、春に植え付けた里芋が、まもなく収穫期を迎え、緑の大きな葉を人の背丈近くにまで広げている。

 芋の葉にこぼるる玉のこぼれこぼれ

      子芋は白く擬りつつあらむ

 節の農業ないし農民生活にかかわる数ある歌のひとつで、自然を克明に描く『土』の小説世界と相通じる歌である。わが畑の里芋達も、地中では「白く凝りつつ」その日を待っていてくれるんだと期待に胸がふくらむ。

 『土』では人間と同格に、山川も草木もみな同じく生命を持ったものとして描かれていた。モノクロ映画を見るような、それら明治の農村の生活風土と四季を、ささやかな農業体験と重ねて読んだのだった。

 

  

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「多磨」

〒207-0014 東大和市南街6-65-1

多磨俳句会:発行人 関成美さん   

編集人 川本薫さん

 Tel 042-562-0478

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2011年10月 2日 (日)

コスモスが咲き始めた (昭和記念公園)

Shouwa1002_6  10月になり、昭和記念公園のコスモスが咲き始めていました。

 この日は曇り空で、華やかさは今一つでしたが、気温がかなり冷え込んで、本格的な秋の到来を感じました。

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Shouwa10022  

  園内には家族連れが多く、あちこちで、子どもたちの元気な声が聞こえていました。なかでも、トランポリン(フワフワドーム)の賑わいは格別で、この日連れて行ったふたりの孫も、いったん上ると疲れ切るまで、下りてきませんでした。

<撮影日>2011年10月2日

 

 

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