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2012年1月28日 (土)

体験農園2011年度ラストの講習 (農園記11-29完)

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 朝の冷え込みがマイナス3度、日が差した午前10時でも4度くらいの寒さ。きょうは昨年3月からスタートした2011年度体験農園の最後の講習と、栽培した野菜をすべて収穫する「大掃除」の日でした。空は透き通るような青い空だが、あいにく足元はごらんのように、霜柱が溶け出して、通路は泥んこのぬかるみ状態。

 農園主の話によると、農業者の大晦日は来る2月2日、翌日の節分が正月で、新しい年に入るとのこと。すなわち節分までに過去1年間の作物をすべて終了し、節分を境に新しい年に向けて土を掘り起こし、堆肥を施し、春からの新しい種蒔きに備えることになる。(体験農園では、この節分以降の作業を2月中に農園主がやってくれる)。

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 わが畑は一昨日(1/26)、それまで残っていた大根、ブロッコリー、ネギ、カブ、レタスを、すべて収穫していたので、既に大掃除にあたる作業は終わっていて、ごらんのような更地になっている。

 ただ、収穫時に取り残しているかもしれないそれぞれの野菜の根っこがあると、根っこに付着した雑菌が土の中に、そのまま埋没してしまい、来年の耕作の妨げになることも考えられる。そのため、日差しが暖かくなり、土ももう少し柔らかになる時間を見計らって、念のためもういちど、根っこや雑草を取り除くつもりだ。

 昨年3月以来書き続けてきた2011年版農園記は、今回の11-29で終わりです。次回からは農園記12-▽○になります。よろしくお願いします。

<撮影日2012年1月28日)

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2012年1月24日 (火)

雪の朝

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東京では6年ぶりの積雪とのニュース。多摩地方は冷え込みも厳しく早朝マイナス3度、9時過ぎの現在マイナス1度です。ニュースでは、多摩モノレール,JR武蔵野線などに、運転見合わせなど影響が出ているとのこと。2012yuki4_2

  写真はたった今、わが部屋からの公園の雪のようす。木々はハナミズキ。

 「春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえて涼しかりけり」元禅師の歌で、川端康成がノーベル賞受賞講演の冒頭で引いたもの。花、月に並んで雪が日本の美の代表であるとの意味だ。

 この冬初ての本格的な雪がやってきたけれど、その下には、春の息吹があるのだと、前向きな気分も生まれてくる。

<撮影日>2012年1月24日。

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2012年1月15日 (日)

どんど焼き(立川愛宕神社)

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 「どんど焼き(左義長)」が、町内の愛宕神社で行われることを、回覧板で初めて知り、門松・鏡飾りなどを、納めて来た。立川に来てまもなく20年近くなるが、まだまだ地域の行事など知らないことがあると、実感したり反省したりだ。

Atagojinnja2  愛宕神社は、同じ町内、2丁目(わが住居は1丁目)のちょっと奥まったところ、私立高校の敷地で両側を挟まれた一角で祀られていた。古くから祀られていた神社の隣地に高校が開かれ、その際、神社をはさんで、学校敷地になったようだ。

 大鳥居に、2本の立派な松がかかっており、静かな、身を浄められるような神域だった。

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 敷地内で見かけた「愛宕神社由来」の碑を読んでみる。

 「祭神 火産霊命(ほむすびのみこと) 火伏の神」

 八代将軍吉宗の治世、享保七年(一七二二年)全国に新田開発を奨励する高札が江戸日本橋のたもとに建てられた。これを受け、この地に村山郷芋窪村(現在の東大和市芋窪)の村請新田として芋窪新田の開拓が始まり所々方々の者が入植した。

  享保八年、草分け入植者(木村助右衛門)は、開拓農民の精神的よりどころとして、また、村を火難から守る願いをこめて、芋くぼむらの豊鹿嶋神社境内に祭祀された愛宕神社の分霊を産土神として勅請祭祀した。

 *愛宕神社は京都市の山城・丹波の境にある愛宕山に総本山があり、全国に約900社ある。古くより比叡山と共に信仰を集め、火伏せ・防火に霊験のある神社として知られる。

Img_5851 訪ねたときは、町内からお炊き上げの品々が集められたり、三々五々近隣の人たちが持ち寄っているところで、境内にお神酒や、お餅などを振舞う机なども用意されていた。

 立川市は、駅周辺や、旧立川基地跡の昭和記念公園近辺など、街の姿がめざましく変わっているが、一方で、古くからの武蔵野の面影や、農村の伝承行事が残っている。今日のように、ほんの一歩出かけただけで、土地の歴史が知れ、新鮮な思いだった。

 ちなみに「どんど焼(左義長)」について、調べてみた(wikipediaによる)。

1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を3、4本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。その火で焼いた餅を食べる、また、注連飾りなどの灰を持ち帰り自宅の周囲にまくとその年の病を除くと言われている。また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると言われている。道祖神の祭りとされる地域が多い。

  民俗学的な見地からは、門松や注連飾りによって出迎えた歳神を、それらを焼くことによって炎と共に見送る意味があるとされる。

*撮影日:2012年1月15日。

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2012年1月14日 (土)

寒中水泳 (再掲)

Img1_2 ことしはじめての水泳で、市内柴崎町のプールに出かけた。

 ガラスドームのプールの外は、気温7度と冷え込んでいたが、中に入ると、キラキラした真冬の陽光が水面に映えて、美しかった。久しぶりに1,000mほど泳ぎ、気持ちのいい時間だった。

 2008年1月15日に「寒中水泳」と題する記事を書いているので、以下に再掲示させてもらいます。

 

 ☀☁☂☃  ☀☁☂☃ 

    寒泳のなほ矍鑠(かくしゃく)をさびしむや   河野南畦

   寒泳のかたまり泳ぐ日の真下          細川加賀

 寒さが本番になり、あちこちで寒中水泳の行事が行われています。歳時記の二つの句、あとのほうはそのままでよくわかりますが、最初の句がすこし難解ですね。「まだまだ元気で寒中水泳をやれるけれど、若い時と比べると、からだに堪えるようになったわい」というところでしょうか?

Img_2353  幸い近くに体育館があり、夏冬かかわらず、時間があればプールで身体をほぐし、寒中といっても暖かな恵まれた環境で泳いでいます。プールには健康志向のひろがりで、男女を問わずシニアの姿が目立ち、昨年あたりからは、団塊の退職で、それらしき年配のにぎやかな人達が、ずいぶん目につくようになりました。

 クロールと平泳ぎを交互に1時間ほど終えると、おおむね身体も火照ってきますし、気持の上でも一区切り、これで、しゃっきりと一日の盛り上がりを作れます。仕事のない日(のほうが多いのですが)は、できるだけプールに足を向けることにしています。Awim


 むかし買った「35歳からのスポーツ健康学」という本に、「水泳は高齢むき」と書いてあったのを思い出す。

  • 水泳はけがの心配がなくて、、血液の循環を高める。
  • 身体を柔らかくするので、自分でマッサージをやるようなもので、コリ作らない.
  • ,水の中を歩くだけでも、かなりの運動になる。腰までつかってどんどん歩けば、坂道を上るのと変わらないくらいの運動になる。
  • 首まで水につかり、てのひらを開いて水を押すように閉じたり開いたりして、腕を振り回すと、ウエイト・トレーニングに近い刺激が、肩・腕・上体にかかる。泳ぐだけだなく、水中で身体を動かすだけで、効果が期待できる。

Sityuwalk これらのことを、今でも信じ、また、手軽にできるので、もう、10年以上も続けています。特別に水泳の効用があっての健康と宣伝するわけでもないが、まあ、なんとか元気で過ごしているのだから、悪いことではないのでしょう。

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 体育館を出ると、青空にモノレールがゆったりと走っていました。

*(注)再掲記事にある泉体育館は、現在工事中で、ことし2012年6月末まで閉館中です。

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2012年1月13日 (金)

冬野菜、終盤の収穫 (農園記11-28)

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 このところ朝の冷え込みでマイナス3度~4度を記録するなど、例年にない寒い冬となってる。冬野菜は、いよいよ収穫の最終盤で、ごらんの通り、各区画とも、畑の作物は残り少ない。

Huyuyasai2_2 わが区画でも、残っているのは、奥から大根、ネギ、ニンジン(ネギの手前)、ブロッコリーで、いずれも寒さに強いものだけ。

 このうち、大根は、非の打ちどころのない育ち方で、根の直径10cm、長さ70cm位にもなる堂々としたもので、味もみずみずしく上々だ。ネギも好調で、太く長く、甘みと苦みがほどよく混ざりあった味を堪能できている。

 ブロッコリーは、最初の大輪のあとも、次から次へと花(花序)を付け、小さな花ながら、やわらかな舌触り、コリコリする食感で、歯切れがよい。

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  ホウレンソウ(手前)は、春のように大きくはなっていないが、葉っぱはしっかりしていて、寒さに強い。

 かぶ(中央上)は、葉っぱがどんどん大きくなったのに比べて、肝腎の根っこの生育がイマイチだった。それでも、葉っぱは、朝漬けなどで、それなりに楽しめる。

 レタス(かぶの隣)は、生育が遅れているが元気であり、野菜の少ない今、重宝している。

 昨年3月から始まった今年度の体験農園は、1月末でいったん終了し、2月には農地全体の土作りに入るので、今ある野菜を近日中にすべて収穫する予定だ。あと半月、残った野菜を十分楽しみたい。

*撮影:2012年1月13日。

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2012年1月 9日 (月)

ウインナー・ワルツ・オーケストラ (東京オペラシティ)

Uinnnawarutu_2 正月3日、”宮殿祝賀コンサート”の副題のついたコンサートに出かけた(東京オペラシティ・コンサートホール)。副題の意味するところは、正確にはわからないが、ハプスブルグ王朝時代、ウイーンのあちこちの宮殿で、ワルツに乗った舞踏会がさかんだったことをイメージしているのだろうと、思っておこう。

 ウイーンから過去12回来日しているという25名ほどからなるオーケストラに、バレエ男女各2名、ソプラノ、それに日本人によるハープ1名という、コンパクトな編成で、ニューイヤー・コンサートの雰囲気を、生で味わった。

 プログラムは2部構成。第1部冒頭が歌劇「セビリアの理髪師序曲」、同じく第2部冒頭が歌劇「仮面舞踏会によるカドリーユ」と、おなじみのもの。それに続く曲目は、軽やかで、華やかなもの、落ちついて静かなものと、ほどよく組み合わされていた。

<主な曲目>

  • 歌劇「セビリアの理髪師」序曲(ジョアキーノ・ロッシーニ)
  • ワルツ「南国のバラ」(ヨハン・シュトラウス2世)
  • ワルツ「ウイーン気質」(同上)
  • スラヴ舞曲第8番ト長調(アントン・ドヴォルザーク)
  • 歌劇「仮面舞踏会」によるカドリーユ(ヨハン・シュトラウス2世)
  • ワルツ「春の声」(同上)
  • ポルカ「雷鳴と電光」(同上)
  • 喜歌劇「メリー・ウイドウ」より(フランツ・レハール)
  • ラ・カンパネラ(パガニーニ)
  • ワルツ「美しき青きドナウ」(ヨハン・シュトラウス2世)

 男女二人×2組のバレエが、曲目によって衣装を変えながら、舞台上で軽やかなバレエを披露し、また、ソプラノも組み込まれたプログラムで、飽きることはなかった。パガニーニをソロで演奏したコンサート・マスターのヴィオリン、チェロとハープの共演も、聴きごたえがあった。この日は正月3ケ日の3日目、ほぼ満席で、舞台客席一体になって、新年気分が盛り上がった。

 豪華な造りのオペラシティ・コンサートホールは、数々の彫刻や豪華なシャンデリアに照らされたウイーン楽友協会ホールとまでは行かないが、音響はすばらしく、座席もゆったりして、オーケストラの奏でる軽快なワルツ、しなやかなバレエ、ひとり何役もこなしたソプラノを楽しんだ。

 ラデッキー行進曲、白鳥の湖(情景)ほかのアンコールも、盛りだくさん。観客とのコミュニケーションを、出来る限りもとうという指揮者はじめ、メンバーのパフォーマンスが好ましかった。

 特別素晴らしかったことしの本物のニュー・イヤー・コンサート(NHKTV1/1放送、マリス・ヤンソンス指揮)と比べれば、こじんまりしていて、バレエもせめて4組くらいもいてくれれば、と、欲を言えばきりがないが、正月気分の中で、スッキリした音楽の時間を楽しめた。

*写真は当日のプログラムカラ。2012年1月3日、16:00~18:30.

 

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2012年1月 2日 (月)

ふるさと「近江」 (多磨2012-1,NO.489)

 あけましておめでとうございます。ことしも「立川春秋」をよろしくお願い申し上げます。Ibuki

 俳句雑誌「多磨 2012-1 NO.489」jに、ふるさと「近江」と題する記事を載せてもらいました。

 文中にもあるように、今なおふるさとから、多くの年賀状を頂いていることもあり、正月にふるさとを思い出すこともたびたびである。そのことも、今回「近江」をとりあげたきっかけだった。

 ☀☁☂☃  ☀☁☂☃ 

 あかねさす紫野行き標野行き

 野守は見ずや君が袖振る  額田王

 紫草のにほへる妹を憎くあらば

 人妻ゆゑにわれ恋ひめやも 大海人皇子

 …『万葉集』の中でも、とりわけ有名なこの相聞歌は、天智七年、天智天皇が近江(滋賀県)の蒲生野で遊猟を行った時に詠まれた。大津に都が遷された翌年のことで、この時、皇太弟(大海人皇子・後の天武天皇)はじめ藤原鎌足ほか多くの群臣も従って、華やかな行事として行われていた。

 額田王は、はじめ大海人皇子の愛人で、後に天智天皇の後宮に入った女性。並びいる群臣の面前でのふたりの間にとり交わされた歌は、過去のロマンスが題材になって、拍手喝采を受けたと思われる……

 白洲正子著『近江山河抄』の「あかねさす紫野」の中で、歯切れの良い文章で描かれた近江の古代の情景。本書は、逢阪山、大津、比良山、竹生島、沖ノ島、鈴鹿、伊吹山などを、著者自身がくまなく歩き、その中心に琵琶湖が位置する近江を、日本文化発祥の地ととらえて、古代から現代につなげて綴ったエッセイ集である。

 実は、蒲生野は、私が生まれ育った地そのものであり、かの相聞歌の舞台も、あのあたりではないかな?と、直感に近い想像が頭に浮かぶ。ある時期、この本をきっかけに、近江で繰り広げられた「壬申の乱」をはじめとする、ふるさとの古代史を夢中になって、読み耽ったことがあった。

       

 …彦根の駅前の広い商店街通りに入ったときは、すでに夜だった。人通りがなく、それだけに両側の店々のあかりがかえってさびしく、雪の季節でもないのに、北国の街に入ったような清らかさがあった。

Hikonegennguenn  やがて彦根城のそばをすぎ、琵琶湖畔に近づき、渚のそばのホテルに入った。ロビイは、湖水の側が大きなガラス戸になっていて、そのまま水のたゆたいが視野いっぱいにひろがって見える。いま過ぎてきた彦根城の丘が岬のようにつき出していて、遠景をなしている。夜の湖水を中景にして、彦根城の天守閣が照明を受けて白々と浮かんでいるのを見たとき、ときめくほどに感動した……

 こちらは司馬遼太郎著『街道をゆく 近江散歩』の一節だ。帰省の折、彦根城はもちろん、くだんのホテルも、何度か利用していて、『近江散歩』はまるで自分の実体験のようでもある。司馬ワールドで展がる「近江」では、織田信長と浅井・朝倉連合軍の姉川合戦、関ヶ原での東軍勝利後の、徳川家康による石田三成掃討など、戦国ものの比重が高い。が、「兵どもが夢の跡」は近江の風景に欠かせない。

      

 今年も、ふるさと近江から年賀状を多く頂いた。東京暮らしが、いつの間にか四十年にもなってしまったが、近江の風景は、私の心の奥深くで息づいている。

     ☀☁☂☃  ☀☁☂☃ 

  「多磨」

〒207-0014 東大和市南街6-65-1

多磨俳句会:発行人 関成美さん   

編集人 川本薫さん

 Tel 042-562-0478

*写真は伊吹山(新幹線車窓から)と彦根城(城内玄宮園から)。いずれも記事とは直接の関係はありません。

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