お堂でみる阿修羅(興福寺) 奈良①
- 「阿修羅」といえば、向田邦子原作のTVドラマ「阿修羅のごとく」を思い起こす人が多いと思う。八千草馨、加藤治子、石田あゆみ、風吹ジュン、そして緒方拳などの名だたる女優・男優たちが、登場したドラマで、その後映画にもなった物語である。
- ある日、四姉妹の父親に愛人とその子供がいることが判明。母親に知られないように対応に気遣うが、自分たち自身の複雑な状況もあり、それぞれ対応に悩み、ぶつかり合う。「家族」「女性」を中心テーマに人間模様が書かれたストーリーだった。佐分利信の父親役、菅原謙次の「加藤治子の男」役などもよく覚えている(1979年の放送)。
- そのドラマの題名がなぜ「阿修羅のごとく」だったのか?未だはっきりしないけれど、ともかく、今回展示の案内書をそのまま写してみる………『阿修羅は古代インド神話に登場する軍神で、最高神インドラに戦いを挑む激しい怒りの姿で表わされる。仏教に帰依して守護神となってからは、その激しさで仏教を守る役割を担うことになる。しかし、興福寺の阿修羅は3つの顔と6本の手を持つ異形であるが、直立する八頭身という見事なプロポーションで細身の美少年。憂いを含む表情は繊細で内向的であり、怒りや激しさは全く見られない。その背景には<金光明最勝王経>が説く過去の罪障を内省し消滅させる<懺悔>の思想があったものと考えられる』………
- なるほど、あのドラマの登場人物は、みんな個性豊かで美人だったし、イケメンの良い男たちだった。手八丁口八丁、自己主張しながら、他人には知られたくない自らの世界を作り、それを互いに怪しんだり、隠したりまさに三面六臂(6本の手)の複雑人間たちばかりであった?? 極めつけは、騙されているとみんなが高をくくっていた地味な母親(佐分利信の妻)が、実はすべてを知っていて、娘たちのどたばたもすべて、見抜いていたというオチ………。
- 話がそれたが、今回の展示は通常は国宝館に展示される阿修羅像をはじめとする八部衆・十大弟子像の現存する天平乾漆像14躰すべてを仮金堂に安置。天平の仏像たちと向き合い、それにプラスして、江戸時代に造られた本尊釈迦如来坐像、鎌倉時代の薬王・薬上菩薩立像と四天王立像も展示されていて、各時代を代表する豪華な仏像のオールスター総出演といったところだった。
- 朝9時開館と聞いていたので、余裕を持って、少しは先駆けようと30分前に興福寺境内に着いたが、甘かった。まず、チケットを手に入れるためにもう300m近くの最後尾に並ばされる始末。それでもまだ早いほうで、次から次へと自分より後方に多くの人たちが続いていた。結局堂内(仮金堂の中)に入れたのは、2時間後!!
- しかし、堂内に足を踏み入れると、さすがは阿修羅はじめ、超豪華な仏像群だった。後列中央の像高362cmの釈迦如来像がまず目に入り、堂内いっぱい、ぐるりゆるりと牛歩の足取りで進んでゆく善男善女のひとりとして、目指す阿修羅像はどこかと、暗い堂内に、老いたわが目の焦点を大急ぎで合わせるてみると、その釈迦如来のすぐ直前に153.4cmの細身八頭身、三面六臂の阿修羅立像が「私が主役」と、迎えてくれていた。
- やがて列は進み、阿修羅立像の正面真向かい至近距離、せいぜい1mちょっと、大相撲でいえば砂かぶりの位置に出る。微笑んでいるような、考えているような、誘いかけているような、ためらっているような三面の顔、祈っているような、踊っているような、助けを求めているような、抗っているような6本の手………どんなに表現してもしきれない阿修羅だった。
- 付け加えると、最近自分が目の治療中で、濃いめのサングラスをかけていたことから、図鑑で見た赤銅色のはずの阿修羅が、なんと黄金色に輝いて潸然と両の目に映じたことを、書き留めておきたい………。誰かが書いていたが、その美しさ・神秘性はダ・ヴィンチの「モナリザ」を凌ぐ………、わが全身五感が実感した瞬間だった。
表現しがたい感動と軽い疲れを覚えて堂外に出たのが11時少し前。振り返ると境内は、自分たちが待ち時間2時間だったころを、はるかに上回る人の列。はたして、あの方たちは、いつごろ阿修羅に出会えるかと、気にかけながら興福寺を後にしたのだが、同じ境内隣の国宝・北円堂が特別開扉されていて、運慶一門による本尊の弥勒如来坐像や無著・世親菩薩立像など鎌倉彫刻最高峰の名品がそろって展示されていることなど全く気がつかなかった。(冒頭のチケット写真左下には、未使用の北円堂分が残っているが、あとの祭りだった!!)。
- 撮影:2009年11月15日。特別公開の会期は11月23日まで。
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