2008年11月22日 (土)

映画「旅情」(1955年、 デヴィッド・リーン)

Ryojolast1   ついさきごろ、懐かしい映画「旅情(SUMMER TIME)」の,BS深夜放送がありました。有名なラストシーン。1955年作なので、実に50年以上前の、昭和でいえば30年(当たり前!!)に、こんな素晴らしい映画が作られていたと、あらためて感じながら、見入りました。

 ベニスに観光で訪れたオールド・ミスのジェーン、キャサリン・ヘブバーンが、キリッとして、さわやか。レナートというハンサムな男性と知り合う。男性の方は、ロッサノ・ブラッツイ、すこし甘い目、しかし一図な感じがありました。

Ryojodeai_2  出会いのシーン、ひとりで所在のないジェーンを観察するレナード。ふたりとも表情が決まっていました。写真のシーンのすぐあと、ジェーンの左脚だったか、右足だったか、ふくらはぎと赤い靴をはいた足首のクローズアップ……。レナートの目線で捉えるのです。

 そして、例のゴブレット。50年以上前も見事な色合いだったが、いつ見ても素晴らしい輝き。~~でも、このヴェニスでも滅多に手に入らないはずのゴブレットを、同宿のアメリカ人観光客が、箱ごと買ってきて、あたふた~~~~。思わず笑ってしまいます。

                        Ryojogoburet1_2 彼の案内でベニスを観てまわる内、ジェーンは次第にレナートに淡い恋心を抱いていく。

 だが、レナートに息子が居ることを知ったジェーンは、自分がからかわれていたと思い込み、ベニスを立ち去る決心をするが……。

Ryojoeahaki Ryojotennraku ~~~ ~~~ ~~~ ジェーンを案内する子役が、可愛い。ハダシでちょこちょこと一緒に歩いたり、例の運河に転落するところで、ヒョイとビデオカメラを受け取るひょうきんさ。「あァ、はまる~^」と、あのシーンは、何度見ても笑いがとまらない。あの子も、今では60歳くらいになっている計算になります。

Ryojolast2  ラストシーンをあと3枚。コメントはいらないと思います。(写真はいずれもNHKBS2から)

Ryojolast3_2 Ryojolast4

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2007年8月24日 (金)

「地下室のメロディ」(ジャン・ギャバン、アラン・ドロン)

Arannjann  ジャン・ギャバン、アラン・ドロン共演の往年の名作。NHK-bs で放映してくれたのを、迷わず見た。

  製作年度 1963年 、上映時間 121分 監督 アンリ・ヴェルヌイユ 
  出演 ジャン・ギャバン 、アラン・ドロン 、

 ジャン・ギャバンとアラン・ドロンの2大スターが共演した犯罪アクション。五年の刑期を終え出所した老ギャングのシャルル。彼は青年フランシスと組み周到な計画を立てて、再びカジノの現金を強奪する。そして、計画は成功したかに思えたが……。(Yahoo映画より)

Janntabako Arankuruma  両雄は、文句なく格好いい。人生をふりかえり、人間をじっと見つめて、それでも枯れずに新たな仕事に向う老ギャング。世の中怖いものなし、自分の力を信じて危険を顧みず、獲物を追いかける若者。ふたりの掛け合い、間の取り方、呼吸が絶妙だった。が、最後に落とし穴………。

Aranpool  当時アラン・ドロン28歳。リヴィエラの高級ホテルのプールで、女性に近づくところなど、軽妙かつ憎らしいほどのスマートさ。ちなみにジャン・ギャバンは当時59歳。

Aranerebeta  エレーベーターの籠の上から地下室へ下りるハラハラするシーン。このあと目出し帽をかぶって、首尾よく金庫室に降りる。

Aransatutaba  ラストは、ご覧の通り。モノクロ画面が、このあとの様々な想像をかきたてる。fin………

  <写真はいずれもNHK-bs2から>

 

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2007年8月21日 (火)

「日本のいちばん長い日」(岡本喜八)

Nagaihititle  今年見た終戦記念日関連の映画の3作目「日本のいちばん長い日」。

製作年度 1967年 、上映時間 157分 、監督 岡本喜八
出演;宮口精二(東郷外相) 、戸浦六宏(外務次官) 、笠智衆(鈴木貫太郎首相)、山村聡(米内海相) 、三船敏郎(阿南陸相)、加藤武(迫水内閣書記官長)、黒沢年男(陸軍省軍事課員)、 佐藤允・久保明(近衛師団参謀)、ほか東宝オールスターキャスト

Nagaihimihuneyamamura  太平洋戦争終結時の1945年(昭和20年)8月14日、日本政府はポツダム宣言受諾を決定し、昭和天皇の肉声を国民に向けて放送すべく準備に当たる。これを巡って一部の陸軍将校が反乱を起こし、録音版を奪い取ろうと宮内省・NHKへ乗り込み、放送の阻止を試みるが鎮圧され(「8・15宮城事件」)、8月15日正午に玉音放送がなされるまでの実録映画。

 映画を見ることによって、終戦までの一日をほとんど同時進行形で追いかけていく。天皇、首相、大臣、軍幹部などのすべての登場人物が、極限状況におかれ、かつ、自分達が下す国家の運命を左右する決断、しかもその決断が、そのあとどのような展開を見せるのかの予想もコントロールも出来ない状況。演じるものも見るものもハイテンションになっていく。

Nagaihikubosato  血気にはやる若手参謀の殆ど怒鳴りあうような応酬は、ついに、島田正吾演じる近衛師団長を殺害するまでに至る。最後の阿南陸相の割腹自殺もそうだが、凄惨な場面だった。

Nagaihigyokuonn  「いちばん長い日」は8/15正午の玉音放送をもって終る。その前夜に録音されるのだが、その詔勅の作成過程、録音テープの保管から、奪取作戦まで、なかなかの迫力だ。

  正気の沙汰では進まない長い日はこうして終るのだが、よくぞ、あのくらいの混乱であの長い凄惨な戦争が終ったと思う。私には当時の記憶(一応生れてはいた)は全くない。戦争の体験者・語り部が極めて少なくなり、いまや戦後生まれの首相(選挙で惨敗したが)の時代となった。原爆を「しょうがない」とか、九条改正も頓挫気味ながら、少しずつ現実味を帯びてきつつある。

 が、絶対にふたたび「長い日」を迎えなくともいいようにしなければと、改めて思う。もっとも、仮にそうなれば、軍事技術や情報技術が様変わりとなった今日では、悠長に「長い日」を経験することなく、瞬時に国家の滅亡、あるいは、世界の破滅になってしまうのではないか。

 ‥‥‥‥写真はNHK-BS2 から‥‥‥‥

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2007年8月18日 (土)

「南の島に雪が降る」(加藤大介、有島一郎)

Minamiyuki 終戦記念日関連映画の二つ目は、俳優加藤大介の自 伝をもとに作られた「南の島に雪が降る」。

製作年度 1961年 、上映時間 102分 、監督 久松静児 
出演: 加東大介 、伴淳三郎 、有島一郎 、西村晃 、志村喬、三橋達也、桂小金治、
    森繁久弥、小林佳樹、三木のり平、フランキー堺、渥美清、 

 ずいぶん以前に見た記憶があるが、今回、NHK-bs2の深夜番組で見た映像は、その後修正が施されたのか、実に美しく、カラーも鮮やかだ。

 西ニューギニアで孤立し、圧倒的な物量を誇るアメリカ軍に補給路を絶たれ日本軍。そのMinamimizugei 部隊の士気を維持し、慰安するために、演芸部隊が編成され、加藤大介を中心に、隊員の募集やその後の上演までの試行錯誤。その過程で軍隊の悲哀、友情、望郷の思い、男達の連帯など、感動しながら見とれてしまう。

 今から思えばよくもこれだけ集まったと思えるほどの豪華キャスト(森繁の社長シリーズのメンバーが集まっている)だ。写真は部隊の新編成の許可を得るために、西村晃と加藤大介が、指揮官に水芸を披露しているところ。。この部隊を観客席側からで見ているのは、隊長の志村喬や将校の三橋達也。

Minamimennsetu  隊員募集の面接風景。伴淳三郎の山形なまりが秀逸。渥美清や森繁久弥も出演して、豪華で飽きない。

Minamiatumi  『雪が降る』シーンは「瞼の母」の中で、番場忠太郎の一本刀土俵入りでセットされる。加藤と伴淳との立ち回りが華やかだ。「どうしても雪を見たい」と、瀕死の中を担架に載せてもらい、ようようたどり着いた隊員が、雪、実は紙吹雪きを最期に見ながら逝く。雪国出身の兵Minamimabuta 隊の南国ニューギニアでの無惨な死。戦争の理不尽さ。

 強く印象に残ったシーン……全滅部隊の生き残りのフランキー堺が訪ねてきて、ピアノを弾く。西村晃はじめ全員が驚きと望郷の思いで、息を飲んで聴きほれる。「君恋し」「赤とんぼ」「雨降りお月さん」「波浮の港」の連弾が、フランキーの見事なピアノさばきで、5分~10分も続く。ジャングルに響く透明なピアノの旋律……そのフランキーも、部隊に帰ったあと、まもなく亡くなったという。

    夕焼小焼の、赤とんぼ
    負われて見たのは、いつの日か

    山の畑の、桑(くわ)の実を
    小籠(こかご)に摘んだは、まぼろしか

    十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き
    お里のたよりも、絶えはてた

    夕焼小焼の、赤とんぼ
    とまっているよ、竿(さお)の先

          (写真はいずれもNHK-bs2の放送から)Minamifurannki

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2007年8月17日 (金)

「不滅の熱球」(池辺良、司葉子)

Humetuikebe 終戦記念日のころには、当時を題材にしたテレビ番組や、映画の上映が多くなる。ことし目にしたものの中から、いくつか書いてみたい。

 一つ目は、往年の名投手沢村栄治を主人公にした「不滅の熱球」。

 沢村は日本プロ野球の、そして現在の読売ジャイアンツの基礎となる全日本チームに参戦、静岡県草薙球場で開かれたアメリカメジャーリーグ選抜軍との対戦でベーブ・ルース、ルー・ゲーリック、フォックスを三振にしとめるなどの好投した。戦後、沢村の功績と栄誉を称えて沢村賞が設立されているが、現在も毎年、その年の最も優秀な成績を挙げた投手に与えられている。1959年野球殿堂入り。

 製作年度 1955年 、上映時間 105分 監督 鈴木英夫 
 出演 池部良 、司葉子 、笠智衆 、藤原釜足 、千秋実 、北沢彪 

Humeturyuu  沢村栄治は日中戦争で昭和11年、太平洋戦争で昭和18年の2回にわたって、応召する。映画は、沢村(池辺良)が藤本監督(笠智衆)や、内堀捕手(千秋実)らとともに、職業野球草創に参加し活躍するが、日中戦争で利き腕の右手を負傷、どうにか、死線から2年半ぶりに帰還して、リハビリに努めて、昔の熱球を蘇らせる。

 この間、今では遠く忘れられたような、監督と選手の心の交流、同僚の間の競い合いの中にもほのぼのとした友情物語が展開して、懐かしい。川上、中嶋、吉原や、タイガースの藤村など、オールドスターが次々登場するもの嬉しい。満員のスタンドを見ると、純朴そうな表情の多くのフアンがいっせいに拍手し、歓声を上げ、礼儀正しく?熱狂している。モノクロの炎天下の球場の様子は、ドーム球場、ナイター、鳴り物入りの応援の現在とは違って、古きよき時代を映していて、これまた懐かしい。

<注>沢村の実伝記では、3回応召している。3回目の応召の1944年、乗っていた輸送船が、台湾沖の東シナ海で、アメリカの潜水艦により雷撃され戦死。享年27歳。

 映画では、沢村と芦屋の実業家の娘(司葉子)とのロマンスがもう一つの柱。日中戦争にHumetutukasa_2 応召した沢村を追って、司葉子が大連まで出かけていくが、物語とはいえ、女性の一途さが健気だ。司葉子がいかにも、ういういしい。

 めでたく二人は結婚し、赤ちゃんがおなかに宿るところまでは、ほんとによかった なのだが、二人の喜びも束の間、2度目の赤紙が来て、夫婦は呆然となる。、不世出の大投手が、フィリピンのジャングルの中で、新妻やまだ見ぬ胎児に思いをはせながら若い命を落とす、なんともやりきれない。

 戦争の理不尽さが、強烈に,かつ、重苦しく伝わってくる。

………写真はいずれもNHK-bs2より………

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2007年5月 5日 (土)

いつか読書する日(緒方明、田中裕子)

Itukagyunyu 長崎を舞台にした坂の風景が印象的な映画。田中裕子と岸部一徳が、50代近くになって、中学時代からの思いを遂げる物語で、いわゆる団塊世代の人たちには、こんないじましいいというか、小市民的な側面があり、一方で、かわらない人の心を持ち続けているんだと、じんわりと感じる映画でした。

 朝は牛乳配達、昼はスーパーで働く50歳のItukasuper 独身女性・美奈子(田中裕子)。彼女の楽しみは想いを寄せる同級生・槐多(岸部一徳)に毎朝、牛乳を届けることだった。 美しい風景と心に響く音楽をバックにした、中年男女の不器用な恋が、ラストになって、ようやく成就されるのでrすが、その翌朝、男は自らの職に殉じるように、虐待から救い出した少年を助けたあと、自らは溺れ死んでしまいます。なんともつらい設定………。 

Itukahonnya  ふたりは中学の頃、惹かれあうものがありながら、彼らの互いの母と父が生さぬ仲で事故死した因果があって、胸のうちをあかすことなく不完全燃焼に終る。その後女性のほうは、結婚をせず、好きな本を部屋一杯に飾った部屋で「カラマーゾフの兄弟」などを読みながらのひとり暮らし。男の方は、難病の妻(仁科亜紀子)をひたすら看護の末看取る。そのうえで、ふたりは50歳になって思いを遂げるのですが、そのときのふたりの少年少女のような高ぶりのシーンを、おもわず、笑ってしまうと言うか、もどかしいような中年男女として、田中・岸部が嫌味なく演じていました。ごくろうさま、という感じ。

Itukakisibe  岸部は児童問題を管轄する市役所員の役回りですが、印象的だったのは、被虐待児童の救出に向けた児童相談所との事前打ち合わせから、実際の救出のシーン。公務員たたきがある中で、深刻化する社会問題に向き合う、市役所や児童相談所の、使命感に裏打ちされた苦労が、今さらながら、実感できました。ふたりの子供たちに食事も与えないで、男との情事にふける女が映し出され、それが架空のことでなく、現実感を持った話として受け止めざるを得ない今の世相に、暗澹となります(写真はBs2から)。

 田中裕子・岸部一徳は、信楽焼の女流陶芸家を描いた同じ2004年の「火火(ひび)」(監督 高橋伴明  )でも共演していて、田中が陶芸家、岸部がそれを陰に陽に助ける同業者の役割でした。芯の強い勝気の女性を演じる田中、実直で渋い中年の男の雰囲気が滲み出る岸部が、印象にあります。

 また、学校時代の同窓生が、中年になって恋を復活させる映画としては、1998年の「コキーユ、-貝殻ー」(中原俊監督、小林薫 、風吹ジュン)がありました。風吹ジュンのスナックのママぶりが、大変味がありました。こちらでは、思いを遂げたあと,風吹のほうが交通事故で死んでしまい、製紙会社の実直な技術者役の小林薫が男泣きする設定でした。

製作年度 2004年
上映時間 127分
監督 緒方明 
出演 田中裕子 、岸部一徳 、仁科亜季子 、渡辺美佐子 、上田耕一 、香川照之 

………… …………

Nagasaki  最後に、私の長崎の一枚。3年前の秋の写真です。映画では、坂の上に住む仁科亜紀子の病室から、きれいな長崎の市街が広がっていました。彼女の家は、私の写真の前方の山の中腹あたりかもしれません。

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2007年4月29日 (日)

炎上(市川崑)

Ennjokinnkakku  三島由紀夫原作の映画化。高校の頃に見た金閣寺炎上のシーンが強く印象に残っていました。  

Ennjogannjiro

 病気で早死にした父親が、「一度は見せてやりたい」と病を押して連れて行ってくれた金閣寺の記憶。「この世で一番美しい金閣寺」といい残した父に、修業僧として送り込まれた主人公(市川雷蔵)が、父以上にその絶対的存在を心に刻み、ついには、誰にもけがざれないよう自ら火をつけてしまうという結末。三島由紀夫の耽美の世界が映像化されていました。

Ennjonakadai Ennjotamao  若き日の仲代達矢や、中村玉緒、新殊三千代などが出演していたのがなつかしかった。映画俳優というのは、いつまで経っても、若い姿そのままで、生き返ったように、活動する不思議な存在だと、あたりまえながら感じました。

 主人公を演じた市川雷蔵の記憶とともに、中村鴈治郎(2代目)の住職役が強烈な印象だった。雁治郎の映画は同じ市川昆の「ぼんち」、小津安二郎「小早川家の秋」「浮草」、川島雄三「雁の寺」でも見ましたが、とぼけたようなユーモア・好色の一面、厳格・ニヒルな旦那役は、どの映画でも重厚な存在感がありました。実は、この雁治郎からわが父をおもい起こすことがあり、風貌のどこかに、似通ったところがあるように感じるのです。

 ところで、金閣寺に火をつけた主人公は、ラストシーンで、護送されていく列車から、刑事の目を盗んで飛び降り、自殺してしまいます。原作者三島由紀夫が、「楯の会」を率いて陸上自衛隊市ケ谷駐屯地バルコニーから檄文を撒き、自衛隊の決起・クーデターを促す演説をした後割腹して自ら命を絶ってしまった記憶は、今なお強烈です。私は晩秋のあの三島事件(1970年11月25日)を、通勤帰りの地下鉄日本橋駅の号外で知って、名状しがたいどんよりした血の匂いをした戦慄が全身を走ったのを今でも覚えています。「炎上」の主人公が、金閣寺という己の美の極致を自分で占有処決した上、鉄道自殺していく姿が、映画の12年後の三島由紀夫その人の死の様相を暗示し、折り重なっているように思いました。(写真はbs2による)。

製作年度 1958年
上映時間 99分
監督 市川崑 
出演 市川雷蔵 、仲代達矢 、中村鴈治郎 、中村玉緒 、新珠三千代 

 ~~~~

Kinnkakuji1_1   映画の記憶をどこかに残しながら私が実際に金閣寺に行ったのは、2年前の秋。映画に出てきた素朴そのものの金閣の姿とは、まったく別物の燦然優美な姿が、古都衣笠の借景とともに、池に映じておりました。

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2007年4月25日 (水)

鉄道員(ピエトロ・ジェルミ)

Tetudoinnhyousi  綺麗で澄んだ旋律のサウドトラックの記憶が鮮烈な「鉄道員」を、BSで見ました。1956年(昭和31年)の製作とあるので、あのメロディを聞いたのは高校のころだったか?と記憶をたぐっています。映画として見るのははじめて。

 <あらすじ>第2次世界大戦後のイタリアに生きる庶民の人生の歓びや哀しみを、ある一人の初老の鉄道機関士の姿を通して描いた感動作。50歳のクリスマスを迎えたイタリアの鉄道機関士アンドレア・マルコッチは、末っ子のサンドロから英雄のように慕われていたが、長女のジュリアと長男のマルチェロからは、その厳格さや律儀で一徹な態度から敬遠されていた。しかしそんな彼らもやさしく献身的な母サーラがいるおかげで毎日平穏に暮らしていた(Yahoo映画より)。 

Tetudoinnkannpai  見ていて、この鉄道員家族をとりまく、父と娘、父と息子、そして夫婦の情愛が、日本の我々の感覚にそのまま入り込んでくるようでした。こどもたちから煙たがられながらも、地道に生きる父親、友人や同僚から一目置かれているけれど、いまひとつ仲間との交流が不器用な存Tetudoinnjiko在。

 線路への飛び込みに遭い、その直後に信号見落としを侵してしまう不運、それが根っからの酒好きのせいにされてしまう悔しさなどの流れは、サラリーマン時代のわが職場経験に照らしても、共感できる内容でした。「スト破り」と言われながら、機関士魂と使命感から運転業務に就く律儀さも、理解できました。

Tetudoinnkutunuge  必ずしも父の意に沿わなかった結婚相手の不仲の上に、昔の恋人につきまとわれる二重の悩みに苛まれる長女は綺麗だったし、その姉が大好きな末っ子の弟のこの映画での活躍は、可愛いく、機知に富んでいて、その千両役者ぶりに思わず拍手しました。姉につきまとう男のクルマの窓ガラスに、石を投げつけてやっつけるところなど、実にほほえましい。

 献身的な母親が、夫である父親を陰に陽に支えながら、こどもたちと父親の間をとりもつ姿は、家族のもう一つの大きな柱で、実に芯の強い女性でした。娘の夫に、なんとか、娘との間をもとに戻すよう働きかける姿はいじましいし、その娘の夫からも信頼されている頼もしさ。映画はこの母親の姿を丁寧に追っていきます。

 結末では、娘夫婦も元の鞘に収まり、就職に悩んでいた長男も就職と結婚相手がいずれも決まってハッピーと思いきや、鉄道員の父は50代半ばで、心臓の発作なのか、ベッドの上で好きなギターを両腕から落とし静かに息を引き取ってしまいます。あの名曲が、ジーンと胸に迫ってきました。

原題 IL FERROVIERE
製作年度 1956年
監督 ピエトロ・ジェルミ 
出演 ピエトロ・ジェルミ 、エドアルド・ネボラ 、ルイザ・デラ・ノーチェ 、シルヴァ・コシナ 、サロ・ウルツィ 

<写真はNHK-BSから>

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2007年3月22日 (木)

フラガール(李相日)

Huragarukannbann  日本アカデミー賞最優秀賞で話題になり、舞台である常磐ハワイアンセンターに、10年ちょっと程前、職場旅行で行った記憶もあったので、見てきました。

 わかりやすく、なかなかおもしろかった。石炭から石油への大きな時代の節目に遭遇した人たちが、戸惑い苦悩しながらも、次の可能性にかけて、ひたすら夢の実現を信じて頑張った物語。人間はいよいよ追い込まれたとき、底力を出せる、また、人と人のつながりができたとき、想像をはるかに越えたことを成し遂げられるということが伝わってきました。そしてもうひとつ、いざというときの女性の開き直りと強さ、それに比べて男達のふがいなさ、弱さ……

 昭和40年の頃の実話ということですが、解りやすさおもしろさの一方で、ちょっと、単純化、図式化しているな、と感じました。余所者のダンス教師(松雪泰子)をはじめは排斥していた土地の女性達が、SKDあがりの見事なダンス振りを見て、即座に師事しようと決心する、100年続いた炭坑こそ尊い生業だと声高に言っていた母親(富司純子)が、娘の頑張りに感じいって、時代は変るものと考えを転換する、ダンス教師を返上して東京へ帰るといったんは挫折した先生が、教え子(蒼井優、山崎静代)たちのダンス手話の説得に応じて思いとどまる、などなど、ストーリーの重要な節目が、私にはなんとも単純に写りました。人間と言うのは、そんなに簡単に変節するものか?と、感じたものでした。こういうのを「漫画的」というのかも知れないなと、思いました。

 監督は李相日さんという1974年(昭和49年)生れの方とのこと。いつしか、自分の息子よりも若い世代が監督する映画を見るようになってしまっていました。そう気が付くと、人間あるいは人間集団の見方、社会の捉え方などが、違うのはあたりまえと受け止めました。

 だとすると、この映画のように、日本人のいい面を掘り返して、未来に向かって頑張って進んで行こうというこの物語の底流に共感できる限り、それを素直に次の時代への活力と受け止めるべきだと、思い直しました。

 「格差、格差」とうじうじしているよりも前向きだ。映画の中で、親の強引さに引っ張られて涙ながらに夕張に行ってしまう友人がいましたが、夕張の悲惨な現状を見るにつけ、「先見の明」「困難に立ち向かう勇気」こそが、その先の幸福を勝ち取るのだと、勇気付けられるのでした。

 Cinemacity Cinemacity2 きょうの映画館は、77席の比較的こじんまりしたところ。ほぼ満席で、若いカップル、友達同士のほか、シニア夫婦、中年のご婦人仲間と、男女、年齢ともかなり多様な人たちがいたようでした。音響効果もバッチリで、都心に行かなくとも近くでこのような施設のあるのが、ありがたい。

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2007年3月21日 (水)

隠し剣 鬼の爪(山田洋次)

Kakusikennmaki  山田洋次監督による藤沢周平の世界、背景になる月山の雪景色や日本海の青さが美しい。

……… …………

解説(Yahoo映画より): 『たそがれ清兵衛』の山田洋次監督が再び藤沢周平の世界を映画化。スタッフも『たそがれ清兵衛』のメンバーが再集結。今回も下級武士の哀歓を美しい映像で、しっとりと描く。主役の片桐宗蔵は永瀬正敏。永瀬が身分違いの恋に悩む娘きえには松たか子(写真上)。『たそがれ清兵衛』で注目された前衛舞踊家・田中泯も宗蔵の師匠役で登場し、みごとな殺陣を披露している。

幕末。片桐宗蔵(永瀬正敏)は昔、自分の家に奉公していたきえ(松たか子)と再会する。商家に嫁いだきえはやせ細り、無残な姿だった。妹(田畑智子)から彼女のひどい境遇を聞いた宗蔵はたまらず、彼女を助け出すが……。

……… ………

Kakusikenntate Kakusikennkaro          Kakusikennozawa  下級武士だが腕は立つというのは、「たそがれ清兵衛」も、「蝉しぐれ」もおなじ藤沢周平の世界で、腹黒い家老やその取り巻きが弱みに付け込んで、陰謀の片棒を担がそうとする、筋立ても共通点。写真左は「隠し剣」の秘伝を教わるところ、中央は謀反人の友人として家老達から詮議を受ける永瀬、右は謀反の罪を問われた小澤征悦との対決場面。

 ただ、山田洋次の世界は、悪の側も、善の側も、それぞれ人間的な弱さや愚かさを持っていて、それがなるほどと思わせる形でちりばめられるのが、並みの時代劇とは違うところ。緒方拳、小林稔侍、小澤征悦、吉岡秀隆等の演技には厚みがあった。

Kakusikennlast  めずらしくハッピーエンドの映画で、武士を捨てた永瀬が、ラストで松たか子にプロポーズして、それが実る。われわれの年輩はほっとするけれど、若い人たちにはちょっと「うまく行き過ぎ」と、しらけさせるかも知れません。

永瀬正敏では、やはり山田洋次監督の「男はつらいよ」で、まだ高校生くらいの感じで出ていたことを思い出す。マドンナは風吹ジュンで、たしか宮崎の散髪やのおかみで好演だった。その弟役で出ていて、東京から恋人の後藤久美子を追ってきた満男君(吉岡秀隆)をやきもきさせていた。外国航路のマドロスという設定で、粋だった。ちなみに「隠し剣」では、吉岡は永瀬の友人で姉婿であり、キャストは「山田一家」の感がある。

 山田一家の続き、光本幸子が松たか子が嫁ぐ商家の姑役で出ていました。寅さん第一作の可憐なマドンナ(帝釈天のお嬢さん)も、年を経ると変わり果てた姿で、実に憎憎しげに演じられて登場しておりました。

Kakusikenntabata  女優の話をもうひとり、田畑智子。永瀬の妹役で出ていて、左の写真はラストで旅立つ兄を見送る愁い顔になりましたが、いつ見てもハキハキしていて、私にとっては好感度抜群です。朝ドラ「私の太陽」の記憶はもう、だいぶ前になりますが、その後の大河ドラマ「新撰組」での近藤勇の妻、そして現在の朝ドラ「芋たこなんきん」での女医さん役など、彼女の出る場面になると、惹き付けられてしまいます。

製作年度 2004年  上映時間 131分
監督 山田洋次  原作 藤沢周平 
出演 永瀬正敏 、松たか子 、吉岡秀隆 、小澤征悦 、田畑智子 、高島礼子 、光本幸子 、田中邦衛 、倍賞千恵子 、田中泯 、小林稔侍 、緒形拳 、赤塚真人 、松田洋治 、神戸浩 、近藤公園 、笹野高史 

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