「切羽へ」(井上荒野、新潮社)
直木賞受賞作(平成20年度上半期)だと知って読んでみた。かねて、井上荒野(あれの)という、ちょっと変わった作者の名前は、聞いていたが、読むのは初めて。
何年か前、八丈島へ行ったことがある。YS11に乗って、羽田から1時間ほど、東京から遠いようでもあり、近いようでもあった。この小説は、もう少し東京に近い伊豆大島のどこかあたりが舞台と想像した。その島の3月から、翌年4月までの物語だ。
寅さん映画で、栗原小巻がマドンナだった「柴又より愛をこめて(1960年・弟36作)」の舞台は、たしか式根島だったので、あのあたりかなと思う。そういえば、あの時の栗原小巻も、島の学校の先生だった。
<BOOKデータベース>………静かな島で、夫と穏やかで幸福な日々を送るセイの前に、ある日、一人の男が現れる。夫を深く愛していながら、どうしようもなく惹かれてゆくセイ。やがて二人は、これ以上は進めない場所へと向かってゆく。「切羽」とはそれ以上先へは進めない場所。宿命の出会いに揺れる女と男を、緻密な筆に描ききった哀感あふれる恋愛小説……。
作者は1961年生まれ。この小説の主人公はもう一世代若いくらいで、私のこどもの世代にあたる。この世代の夫婦(漁師の息子である画家と、医者の娘である小学校の養護教諭)の間柄は、このような淡々としたものか? 互いに、女と男、個人と個人という立場をわかりきっていて、尊重しあいながらも、どこかに、なにかを打ち明けないわだかまりを秘めている。一心同体でなく、異心同体。同体はしっかり。だけど、その互いの心には距離があり、わかっているが、踏み込むことをしない。
主人公セイの心を占めるようになった「一人の男」も、セイに惹かれているのだけれど、たがいに、何を打ち明けるでもなく、半端な会話やしぐさを交わしあうだけ。こう書くと、ありふれた、すれ違い恋愛小説のようだけれど、さすが、直木賞、セイと夫、石和(一人の男)、同僚教師の月江、月江の愛人本土さんなどなど、登場人物の心もよう、生活の息吹きが、島ののどかな風景とともに、無理なく伝わってきた。
主人公がなにくれと世話を焼いていて、かなり訳ありげな人生経験の持ち主である90歳近い
しずかおばあさん、職場である学校で、ちょくちょく保健室に駆け込む子供たちなど、まわりの人たちも、無理なく絡んできて、小説の厚みも十分だった。
1年後の4月、小説の最後で、セイ夫婦は、結婚以来??年ぶりかで、子宝に恵まれる。これから先、夫婦というやや乾いた大人のつながりから、生まれてくる子供を中心にした、並みの生活者としての父と母にになるのだろうと、少し冷めた気分になると同時に、それこそが、重みのある現実なんだと、思い直した。
文芸春秋8月号に書評が出ていたので、紹介しておきたい。クリックしてみてください。
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