音楽

2012年4月 1日 (日)

モーツアルト 「クラリネット協奏曲」 (国立音大コンサート)

  「モーツアルトの晩年の境地をさぐる」と題したコンサートに出かけた。年に1度、国立音大の新入生歓迎会での予定プログラムを、それに先がけて、そのまま市民会館で聴けるというコンサートで、ことしで3回目。縁あって、3回ともすべて出かけている。3月25日。

Mozart2
 1791年、35歳の若さで亡くなったモーツアルトが、最晩年に作曲した二つの名曲が演奏されたのだが、まず前半の「クラリネット協奏曲 イ長調 K622」だった。

  この協奏曲が完成したのは、モーツアルトの死のわずか2ケ月前。

 『モーツアルト全作品辞典(ニール・ザスロー)』には“細部のどこをみても、モーツアルトが最後の協奏曲で見せる完璧な技術に畏怖を感じずにはいられない。耳は驚嘆するが、この奇跡的な作品のより深いメッセージを理解できるのは心だけである。この曲の静かな諦めはしばしば指摘されてきたが、それはモーツアルトが作曲中におそらくは自身の病気の程度を理解していたことを暗示しているのであろう”と書かれている。

 クラリネットのソロは武田忠善さん。国立音大1975年卒業とあるので、今50代の後半?”わが国最高峰ののソロ・クラリネット奏者として評価され、古典から現代音楽に至る幅広いレパートリーを持ち、楽器の可能性をも超えた甘美な音楽性とその妙技により多くの人を魅了し続け、ますます脂の乗った演奏で既に円熟の域達している”と紹介されていたが、真近で見る舞台上の名人芸は、なかなか、出会えないものだと、感じた。ともかく、その渋さに、ジーンときた。

 栗田博文さん指揮によるクニタチ・フィルハーモニカーの、オーケストラが、すごく透明な音色で、クラリネットとの掛け合いが、これ以上息を合わせるのは望むべくもないレベルだった。繰り返しになるが、素晴らしいコンチェルトだった。Doitu319

  ~~~ ~~~

 後半の「魔笛」第1幕、これまで2~3度魔笛の公演を見たり、DVDでもおなじみだったので、親しみを持って鑑賞できた。ちなみに「魔笛」の初演は、クラリネット協奏曲完成のすぐ前の9月30日(亡くなったのは12月5日)。

 中でもパミーナを歌った松原有奈さん(二期会)、モノスタートス役の今尾滋さん(二期会)がよかった。ほかの出演者のみなさんも、経歴をみると一流の方々ばかりで、立川市民であるわれわれ聴衆に、モーツアルトのよさ、あるいは、オペラの面白さを、心をこめて届けようと、頑張っておられることが伝わってきて、気持ちがよかった。

 第1幕の上演だったので、第2幕にある例の、夜の女王”地獄の復讐がこの胸にたぎる”を聴くことはできなかった。まあ、仕方がない。そのぶん、演奏会冒頭の「序曲」を、たっぷり聴かせてもらったので、よしとしよう。

 (写真は、ウイーンのシュテファン大寺院。2002年8月撮影)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月24日 (土)

モーツアルト「ハイドン弦楽四重奏曲」 全曲演奏会Ⅰ

Saiwaichero 

 近くの”幸学習館”での、モーツアルト「ハイドン弦楽四重奏曲」全曲演奏会と称するコンサート(2回シリーズ)に出かけた。第1回目。2012年3月18日。

 幸学習館の正面玄関には”大きなケヤキとカワセミとセロ弾き”という像があり、この学習館(以前は公民館といった)が、さまざま音楽に関するイベントに力点を置いているのではないかと感じられた。会場の講堂に入ると、学習館にはめずらしく、舞台を底に130席位の階段状の客席があり、室内楽演奏に、ふさわしい雰囲気だった。

 ~~~ ~~~

 「正直な人間として、神かけて申しますが、あなたの息子さんは、私が直接間接に知れる限りの作曲家の中で最も偉大な人です。彼にはすぐれた美意識があり、その上、作曲法の奥儀を知り尽くMozart_2していす……」。

 後にハイドンセットといわれる6曲の弦楽四重奏曲が完成し、それを聴いたハイドンが、モーツアルトの父レオポルトに語ったといわれる有名な言葉。ハイドンから示された最大級の賛辞への答礼と感謝の印に、モーツアルトは作品をハイドンに献呈した。全6曲はモーツアルト26歳から29歳という、天才の絶頂期の作曲だ。ハイドン(1732~1809)、モ-ツアルト(1756~1791)、レオポルト(1719~1787)。

 ~~~ ~~~

 舞台上のクァルテット・エケセルシオのみなさんは、ベートーベンの弦楽四重奏曲の全曲演奏も手掛けている。結成以来20年近くになり、年に60回もの公演をこなしておられるとのこと。息のあった演奏、第1第2ヴィオリン、ビオラ、チェロの手さばき、指の動き、顔の表情、互いの呼吸の合わせ方などを、すぐ近くの舞台上に見ながら聴き入る時間は、室内楽ライブならではの醍醐味を味わせてもらった。

 今回演奏された第14番、第16番、第17番のいずれも、聴きなれていたが、中でも休憩後の17番変ロ長調KV458(狩)が、素晴らしかった。モーツアルトの絶頂期、心浮き立つような軽快なテンポ、弾むような明るさと朗らかな気分が流れていて、わが足元から、指先、首のあたりまで、無意識に調子を合わせてしまっているのに気がついた。

 西野ゆかさんの強弱緩急メリハリの利いた流れるようなヴァイオリン、それを引き継ぐ山田百子さんのちょっとひょうきんなヴァイオリン、受けて立つ大友肇氏の大胆繊細で重厚なチェロ、次への展開へ絶妙につなぐ吉田有紀子さんのビオラ……4人のみなさんそれぞれの全身や顔の表情を追いつつ、それぞれどんなことを感じながら演奏されているのだろうか?、天才モーツアルトをどんなふうににイメージしながらが演奏されているのだろうか?会場の聴衆の反応をどう受け止めておられるのだろうか?など、とりとめなく空想しながら、モーツアルトの世界に惹きこまれた時間を過ごした。

~~~ ~~~

 ハイドンセット全6曲の第15,18,19番の第2回演奏会が4月29日に開催されるとのこと。ぜひ出かけたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月18日 (日)

「トゥーランドッド」 立川市民オペラ公演

Touranndoddo 

 「夜明けまで、あの若者の名がわかるまで北京ではだれも寝てはならぬ」……トゥーランドッド姫の勅令が北京の街に告げられる。ことしの立川市民オペラ公演は、プッーチーニの「トゥーランドッド」だった。2012年3月11日、アミュー立川。

  第1問「夜ごとに心によみがえるものは?」、第2問「炎のように燃え上がるが火ではないものは?」、最後の「問い「火をつける氷とは?」~~「希望」「血潮」「トゥーランドッド」と、次々と異国の王子カラフが答えていく。なんで、このくらいの問答で、首切りが行われていたり、また、遠い先祖の深い恨みを捨てきれないお姫様が、この程度の簡単な問題で自身の未来を決めようとするのか?、考えるのはヤボということにして、千一夜物語を彷彿とさせるおとぎ話オペラに、しばし、現実から離れてオペラ時間を楽しんだ。

 オーケストラは市民中心の立川管弦楽団、合唱団も市民から募られた立川市民オペラ合唱団で、この日のために、かなりの準備をされていたことが伝わってくる展開だった。

Sunagawa 

 出演者の中では、リュー役の砂川涼子がよかった。第1幕の泣きながらカラフに向かって歌う”どうぞ、思いとどまって”のアリア「ご主人様、お聞きください」、第3幕で、拷問にかけられても口を割らないリューに”どうしてそのような激しい力を持っているのか”と王女がたずねるのに対し「心に秘めた大きな愛です」「氷のような冷たい姫君も」、いずれも、情感いっぱいで、満場静かになり、市井のひとりの女性の純な気持ちに魅入られ、共感したことと思う。

 

 演出の意図に?を感じたのは、合唱団演じる北京市民の服装だった。現代の東京市民と同じ服装で、買い物姿の主婦、カメラを持った街かどウオッチングの女性、サラリーマン風の男性、自由業風の気取った男性、老若男女が、合唱付きで、舞台を上手てから下手、あるいはその逆と行ったり来たりした。

 しかし、この日の舞台の中心は、北京のおとぎの時代の王宮であり、登場人物のトゥーランドッド、カラフ、ピン・パン・ポン、その他の役人いずれも異国趣味たっぷりの中国装束であり、どう頭をひねっても、現在の東京の市民と、物語の主役たちはつながらず、舞台が中途半端になった。立川市民からこの日の出演となった合唱団のみなさんが、がんばってトゥーランドッドの世界に溶け込もうとすればするほど、見ているわれわれが違和感を募らせた感じだった。

<関連記事>

 「トゥーランドッド」(キエフ・オペラ)

 立川市民オペラ公演「アイーダ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 9日 (月)

ウインナー・ワルツ・オーケストラ (東京オペラシティ)

Uinnnawarutu_2 正月3日、”宮殿祝賀コンサート”の副題のついたコンサートに出かけた(東京オペラシティ・コンサートホール)。副題の意味するところは、正確にはわからないが、ハプスブルグ王朝時代、ウイーンのあちこちの宮殿で、ワルツに乗った舞踏会がさかんだったことをイメージしているのだろうと、思っておこう。

 ウイーンから過去12回来日しているという25名ほどからなるオーケストラに、バレエ男女各2名、ソプラノ、それに日本人によるハープ1名という、コンパクトな編成で、ニューイヤー・コンサートの雰囲気を、生で味わった。

 プログラムは2部構成。第1部冒頭が歌劇「セビリアの理髪師序曲」、同じく第2部冒頭が歌劇「仮面舞踏会によるカドリーユ」と、おなじみのもの。それに続く曲目は、軽やかで、華やかなもの、落ちついて静かなものと、ほどよく組み合わされていた。

<主な曲目>

  • 歌劇「セビリアの理髪師」序曲(ジョアキーノ・ロッシーニ)
  • ワルツ「南国のバラ」(ヨハン・シュトラウス2世)
  • ワルツ「ウイーン気質」(同上)
  • スラヴ舞曲第8番ト長調(アントン・ドヴォルザーク)
  • 歌劇「仮面舞踏会」によるカドリーユ(ヨハン・シュトラウス2世)
  • ワルツ「春の声」(同上)
  • ポルカ「雷鳴と電光」(同上)
  • 喜歌劇「メリー・ウイドウ」より(フランツ・レハール)
  • ラ・カンパネラ(パガニーニ)
  • ワルツ「美しき青きドナウ」(ヨハン・シュトラウス2世)

 男女二人×2組のバレエが、曲目によって衣装を変えながら、舞台上で軽やかなバレエを披露し、また、ソプラノも組み込まれたプログラムで、飽きることはなかった。パガニーニをソロで演奏したコンサート・マスターのヴィオリン、チェロとハープの共演も、聴きごたえがあった。この日は正月3ケ日の3日目、ほぼ満席で、舞台客席一体になって、新年気分が盛り上がった。

 豪華な造りのオペラシティ・コンサートホールは、数々の彫刻や豪華なシャンデリアに照らされたウイーン楽友協会ホールとまでは行かないが、音響はすばらしく、座席もゆったりして、オーケストラの奏でる軽快なワルツ、しなやかなバレエ、ひとり何役もこなしたソプラノを楽しんだ。

 ラデッキー行進曲、白鳥の湖(情景)ほかのアンコールも、盛りだくさん。観客とのコミュニケーションを、出来る限りもとうという指揮者はじめ、メンバーのパフォーマンスが好ましかった。

 特別素晴らしかったことしの本物のニュー・イヤー・コンサート(NHKTV1/1放送、マリス・ヤンソンス指揮)と比べれば、こじんまりしていて、バレエもせめて4組くらいもいてくれれば、と、欲を言えばきりがないが、正月気分の中で、スッキリした音楽の時間を楽しめた。

*写真は当日のプログラムカラ。2012年1月3日、16:00~18:30.

 

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年12月18日 (日)

ラフマニノフ「ピアノ協奏曲第2番ハ短調」 (一橋大学兼松講堂)

 

Hitotubasi1112102 一橋大学OBの宮城敬雄氏が指揮する国立シンフォニカーの定期演奏会が、兼松講堂であった。12月の温かい日曜日、イチョウが最後の彩りを見せていた。2011年12月10日。

 当初予定されていたウイーンフィルハーモニーの演奏予定者の来日がキャンセルさせたことで、曲目も、目当てにしていたベートーベンの「ヴァイオリン協奏曲」がラフマニノフに変更された。やや、拍子抜けで、そのためか、空席になったゾーンも見られたが、ラフマニノフの「ピアニ協奏曲ハ短調」は、すばらしく、聴きごたえがあって、救われた。

 プログラムはほかに、ベートーベンの「コラリオン序曲」、ブラームスの「交響曲第2番ニ長調」だった。本欄では、ラフマニノフについて書きとめておきたい。

Img907_2Img908_2

  ピアノのケマル・ゲキチ氏はクロアチア生まれで、日本とのつながりも深いようで、今回の、ピンチ・ヒッターに選ばれた。ピアノの技巧は超ド級で楽しめた。ラフマニノフの終わった後のアンコールでも、ピアノの真髄はこれだ!とばかり、縦横無尽の演奏を披露してくれたし、もう一曲の「シンシアのワルツ」も流れるようで、惹きこまれた。

 ピアノ協奏曲第2番について、プログラムでは『神秘的なまでの静けさの極致と感能の世界を現す第1楽章、ラフマニノフの内的世界が光を求めて迷路の如くさまよう苦悩と耽美な第2楽章、そして華麗なテクニックとドラマチックな展開の第3楽章。3つの楽章は聴くもの全てをラフマニノフの独特な世界に惹き入れてしまうほどの名曲といえる』と書いている。ゲキチのピアノのテクニックは、この曲の中で大いに発揮されていた。

 Hitotubasi1112103

 このコンサートを機に、ラフマニノフの理解が深くなった。演奏会のあと自宅で、協奏曲第3番もCDで聴いたが、なかなかのものだった。

 ラストのアンコール、宮城さんはいつもサービス精神旺盛で、「フィガロの結婚序曲」が見事に決まり、拍手喝采のと「ハンガリー舞曲」で盛り上がった。もう一曲!を目指されたが、どうもコンサートマスターから「準備がありません」と云われたようで、そこで、お開きとなった。”一橋大学身内”のおおらかさか?

<撮影日>2011年2月10日。肖像写真は当日のプログラムから。

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月29日 (火)

ベートーベン 弦楽四重奏曲演奏会 

 ベトーベンの弦楽四重奏曲全曲演奏の、今回が最終回という会に出かけた。第14番の演奏だった。2011年11月27日。立川女性センター・アイム。

Betobennkarutetto クアルテット・エクスエウシオというグループで、全曲を8年間かけて演奏してきたという(写真はプログラムから。実物はすこし歳を重ねて、輝きを増していた)。

 演奏に先だって、ベトーベンの弦楽四重奏曲第1番から第16番までの詳細な一覧が、配られ、簡単な説明があった。ただ、ベートーベンの調べを聴くという、サロン的な演奏会でなく、音楽史的にも、かなり突っ込んでベトーベンを伝えようとする、意気込みを感じた。

 ベートーベンは、16の弦楽四重奏曲書いているが、そのうち12番から16番までの6曲は最晩年の1825年~1826年、55歳~56歳ににかけてのものである。ちなみに交響曲第9番は、その直前の1824年54歳の作曲だ。プログラムの”はじめに”書かれていることを、抜粋してみる。

 ~~なぜ「ベートーベン」なのか?私たちが弦楽四重奏曲に取り組み続ける理由は、それらがとてもシンプルで、「ベートーベンの後期の作品があるから」の一語に尽きます。Betobenn

 誰でも耳にしたことのある「第9」。苦悩の人ベートーベンが晩年ついに到達した境地に創造されたこの作品は、クラシック最高の遺産と言える。しかし、ベートーベンにはさらにその先の物語がある。人生最後の2年間を、病気と闘いながらも弦楽四重奏の世界に没頭し、6つもの作品を完成させたのだ。

 ベートーベンが最後に没頭した世界とは何なのか?これらの作品でベートーベンは、この世界で生きている人間が、普段は毎日毎日を一生懸命生きて、でもそこで悲しいことや苦しいことに巡り会いながらも乗り越えてやはり生きていく、その生き方こそが人間であり、それはかけがえなく素晴らしいことだと、高らかに歌い上げているのでは、ないだろうか。

 人間愛を讃える歌として率直に心に響くベートーベンの音楽は、私たちに率直な感動を与えずにはおりません。この感動を多くの人に伝えたい。音楽の持つ力がこんなに素晴らしいものだということを知ってほしい。そんな思いを持って、私たちはベートーベンに取り組んでいます~~~

 あまりいい文章とも言えないが、気持ちは伝わってきた。

 ~~~ ~~~

 この日の舞台は、(風邪気味だった自分の体調にもよるが)、やや、重くい響いて感じられた。前半の第14番のあと、後半に第15番が演奏されているのだが、この日は第14番に集中する意味で、第14番だけの鑑賞にした。このグループは来年3月以降、「モーツアルト・ハイドン弦楽四重奏曲全曲演奏会」を計画しているとのことなので、ぜひ足を運ぶつもりだ。

*肖像は、手持ちのCDジャケットから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月26日 (土)

ゲーデ弦楽四重奏団演奏会 (サントリーホール)

 ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団前コンサートマスターのダニエル・ゲーデが、組織した弦楽四重奏団に出かけた。2011年11月21日、サントリーホール。写真は開場を告げるパイプオルゴール。壁が開いてぶどう畑の番人を表わした老人と少年の人形がオルゴールを回す仕掛けになっている。

Sanntorihall
  大規模なオーケストラの演奏会とは、趣を異にした、しっとりと落ち着いた室内楽の時間を味わいたかった、久々の機会だった。Sanntori2_2

  今回のプログラムで、自分が知っていたのは、プッチーニ「菊の花」と、ポッケリーニ「弦楽五重奏曲メヌエット」のふたつ。その他は、機会を見て、CDでfollowしたい。

*「菊の花」:

 イタリアのオペラ作曲家プッチーニが32歳の時に作曲した弦楽四重奏曲。正式には「菊」。1890年に亡くなったアメーデオ1世のために1晩で書き上げたと言われる。
 アメーデオ1世は、イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の次男として生まれ、後にスペインの国王(1870~1873年)になっている。「菊」はわずか6分ほどの短い曲だが、悲しみに満ち溢れたなかにも、美しさと、静かな気品が感じられる曲。

*弦楽5重奏曲 メヌエット

 1771年に作曲された。ボッケリーニのメヌエットとして彼の全作品のうち最も有名であるが、作曲時から1世紀後に、突如フランスで有名になったと言われている(wikipediaによる)。

 ~~~ ~~~

 4人の、また、特別出演ラファエル・リーダーを入れて5人のの舞台上の演奏者の表情、リーダーとの息の合わせ方、腕の動きや指でつま弾くときの仕種など、ライブならではの見どころがあった。

Sanntori4mei 

 震災のあと、ヨーロッパ初め海外から来日する演奏家のキャンセルが続いた。演奏者自身が予定通り行くと云っても、家族や友人、なかには婚約者から引きとめられるケースが多いいという。

 その中で、リーダーのダニエル・ゲーデ’(ヴァイオリン)、弟のセバスティアン・ゲーデ(チェロ)を含め,、この4人のグループは、来年春被災地でのコンサートを計画しているとのこと。震災に伴う原発事故が、海外では、日本全体が危険な状態にあると、受け止められていることを感じるにつけ、この弦楽4重奏団のあたたかい心遣いに感謝したい。

<写真>パイプオルゴールにつき、2011年11月21日。他は、当日のプログラムから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年11月10日 (木)

『モーツアルト』 (多磨11月号)

Mozart22 俳句雑誌「多磨 2011年11月号」に、『モーツアルト』という記事を掲載してもらったので、紹介させて頂きます。

 写真はザルツブルグのモーツアルトの生家。2001年に訪ねたときに撮ったもの。

 ☀☁☂☃  ☀☁☂☃ 

 自由な時間が多くなって以来、FMラジオやCDで、クラシック音楽をよく聴く。その中では、『モーツアルト』が、いちばん身近な存在だ。

 モーツアルトに惹かれるようになったのには、二つのきっかけがあった。ひとつは、映画「アマデウス」(1984年・監督ミロシュ・フォアマン)だ。

 この映画は、35歳の若さで亡くなった天才作曲家が、実は殺されたのだというショッキングな言い伝えを軸に、ストーリーの要にモーツアルトの名曲を次々と配置し、「フィガロの結婚」「魔笛」など、人気オペラのハイライト・シーンも挿入した、スリルとサスペンスにあふれた傑作だった。

 冒頭、夜の精神病院の一室、同時代の作曲家サリエリが、モーツアルトを殺めたという罪の意識で、精神に異常をきたすシーンで始まり、あの「交響曲第25番ト短調」が風雲急を告げるように襲ってくる。
 
 

 画面は展開し、モーツアルトの得意絶頂期では、「ピアノ協奏曲第15番変ロ長調」の弾むような明るい調べとともに、彼は意気揚々と日中の街を闊歩しており、一転、最愛の父の訃報で失意に沈むところでは、オペラ「ドン・ジョヴァンニ」の地獄落ちの怖ろしい舞台がクライマックスとなる。

 そして雨の中、参列者が親族とサリエリだけという寂しいモーツアルトの葬儀で最終局面を迎え、鳴り響く「レクイエム」に胸を突き刺されたのだった。

 映画の中でモーツアルトは、時折、突然甲高い、耳障りな笑い声を響かせたり、愛妻コンスタンツェを追いかけ回してふざけたりする。その姿は神童・天才という既成のイメージとかけ離れ、にわかに信じられない人物像として目に映った。

 が、二つ目のきっかけ、「モーツアルトの手紙 上・下」(岩波文庫・柴田治三郎編訳)を手にしたことで、映画での疑念は次第に解消していく。少年時代から死の直前まで年代順に配列された214通を、一つ一つ読み進むうち、いずれの手紙も情味に溢れ、熱意がこもっていて、天才芸術家もまた我々と同じ弱さや哀しさを持った人間だったと、感じ取ったから……

 手紙は、決して深遠な芸術論や人生に関する哲学的な省察が述べられているわけではなく、大部分が身辺雑事の報告だ。父親との葛藤、自己の非凡な天分への確信と自負、病弱の妻への愛の手紙、晩年の困窮の中での度重なる借財の申し入れなどが連なる。しかし、どんな幻滅、圧迫や困窮に遭っても、明日への希望を失わない揺るぎない内面が貫かれていて、読む者に、生きることへの勇気を与えてくれるのだ。

 今、多彩なモーツアルトの音楽が、作曲家の生身の姿と重なり合うことで、より身近になった。ベートーベン、バッハ、チャイコフスキーと、クラシックの奥行きは尽きないけれど、疲れた時、落ち込んだ時、また、ほっと一息ついた時、『モーツアルト』に戻っている日々である。

 まもなく、私は天才の二倍の齢になる。

 ☀☁☂☃  ☀☁☂☃ 

「多磨」

〒207-0014 東大和市南街6-65-1

多磨俳句会:発行人 関成美さん   

編集人 川本薫さん

 Tel 042-562-0478

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年10月23日 (日)

「モーツアルト:フィガロの結婚」 (2011国立音大大学院オペラ)

 恒例の国立音大大学院オペラ、ことしは「フィガロの結婚」だった。まずはじめに”素晴らしい舞台だった”と書いておきます。(2011年10月16日、国立音楽大学大講堂,写真は公演PRチラシから)

Figaro2
 

 音大オペラでは、これまで、いずれもモーツアルトで「コシファントゥッテ」「ドン・ジョバンニ」などを見てきたが、ことしは最高の盛り上がりで、(それほど多くはないが)これまで自分が見たオペラ公演の中で、いちばんと言ってもいいほどだった。各出演者の歌唱・演技、舞台装置・衣装、現田茂夫指揮のオーケストラ、どれも満足できた。この舞台を、前から7列目ほぼ中央のS席で見られたことも、幸いだった。

 聴きなれた序曲で、いよいよ始まるという軽い興奮。幕があがると今日スザンナと結婚することになっているフィガロが、伯爵から2人の部屋として与えられた一室にどうやって家具を入れようかと楽しそうに寸法を測っている………おなじみの軽快なスタート。このあとテンポよく進む舞台での、アリア、アンサンブルとも、モーツアルトならではの親しみやすさのオンパレード………

 ~~~ ~~~

楽しんだところを、いくつかふりかえってみる。

 第1幕で、伯爵、バジーリオ、スザンナの3重唱で、椅子の覆いを取ると中からケルビーノが出てくるところ。オペラを見はじめたころ、大人がなんでかくれんぼや鬼ごっこみたいなことを大まじめにやってるんだろうなどピンと来ないことがあったが、今ではモーツアルトのオペラの真髄がこういうところにあると、思うようになった。

 この日の音大の演出も、なかなかいい調子だった。伯爵、スザンナ、バジーリオが椅子のまわりをあっちこっち、どうやって自然にケルビーノを隠すか、歌いつつ演じつつ、ずいぶん、リハーサルを重ねたんだろうな……

 ケルビーノの独唱。第1幕の”自分で自分がわからない”、第2幕のアリエッタ”恋とはどんなものか”は、自分も中学生か高校生だったころは、そういう夢想とか悩みを持ったことがあったっけ……といったところ。

 第1幕フィガロの“もう飛べないね、恋の蝶々さん”は行進曲風で軽やか。かと思うと第2幕伯爵夫人の“愛の神よ”は中年の女ごころをしんみり聴かせていて、さかりを過ぎつつある女性の悲哀が胸に迫る。

 第3幕冒頭で、伯爵が“ひどい奴だ”と歌い始める2重唱の中でスザンナと逢引の約束をする場面で、スザンナが「はい」と言ったり間違えて「いいえ」と言ったりして伯爵の気持ちを手玉に取るところも笑ってしまう。

 いろいろあるけれど、なんといっても、各幕のラストのアンサンブル・フィナーレが圧巻だった。特に第2幕のフィナーレ、”出てこい、無礼な小僧よ”。伯爵、伯爵夫人、スザンナ、フィガロ、そこに、マルチェッリーナ、バルトロ、バジーリオまで人物が新しく登場するたびに、歌とドラマがめまぐるしく変化し進んでいく。手前オーケストラビッドの指揮者のボディーアクションも最大限におおきくなって、大拍手のうちに幕……

 いろいろ書き始めると、どの曲もすべて楽しかったということになる。モーツアルトは底抜けに明るく、それでいて、人間の弱さ、醜さ、そしてなにより大事な温かさを歌いあげる。それらのことは、また、どこかでフィガロの舞台を見た時に書けるよう残しておきます。

 ~~~ ~~~

 2:00の開演、20分の休憩をはさんで終演は6:00ごろだった。さすがに疲れた。この日の会場は、大学の講堂であり、観客は若い女性が圧倒的に多かったので、われわれシニアは、頑張るしかなかった。

 その疲れは、パンフレットに音大教授磯山雅さんが、次のように書いていたことで納得した。

 ~~「大学院オペラ」では、正攻法の、基礎を重んじた舞台作りが伝統になっている。奇をてらった演出も多い昨今だが、特殊な解釈はむしろ避け、名作の世界に正面から迫ろうとするのが、われわれの行き方である。今年の公演では、とかく省略されがちな音楽教師バジーリオやマルチェッリーナのアリアも歌われ、“フィガロの結婚”の全貌が伝えられるはずである~~~

 

 これまでの関連記事↓

 フィガロの結婚(コンサート記憶帳④、国立音大オペラ研究会)

  「魔笛」、「ドン・ジョヴァンニ」……モーツアルトのオペラ

  「魔笛」 (東京二期会:新国立劇場オペラパレス)

 大学院オペラ「コシ・ファン・トゥッテ」(国立音楽大学)

  コジ・ファン・トゥッテ(国立音大公演)

 コシ・ファン・トゥッテ(コンサート記憶帳③)

 

 オペラ、モーツアルトのオペラ、について、どんなことでも結構ですので、(コメント欄に)書き込んで、頂ければありがたいです。無記名でも、もちろんOKです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年10月11日 (火)

若き日の「モーツアルト躍進」コンサート (浜離宮朝日ホール)

Onndaimotuarut_2  「モーツアルト躍進」というテーマの国立音大主催のコンサートの記録。天才モーツアルトの10代の終わり、成年を迎える直前の力に溢れた作品を特集したものだった。(イラストは広報チラシから)。

 「カペラ・アウローラ・クニタチ」というチームが、18世紀中葉から後半にかけて製作された弦楽器群を用いて演奏している、今回が第4回の定期演奏会。昨年、音大小講堂で聴いた演奏会が印象的だったこと、またことしは、会場が一度行ってみたいと思っていた、浜離宮朝日ホールに設営されたこともあり、期待して出かけた。2011年9月30日。

<アイネ・クライネ・ナハトムジーク>:後半プログラム最初の曲。(10代終りの選曲)の例外ということだが、なんといってもなじみの曲で、指揮者の前田昭雄さんが、乗りに乗った感じで、さわやかで軽快な演奏だった。ちなみに1787年、31歳の脂の乗り切ったころの作曲だ。

 この機会に<アイネ・クライネ・ナハトムジーク>の意味をおさらいしておきます。

 ~~ドイツ語でEineは女性形の不定冠詞、kleineは「小さな」の意の形容詞kleinの女性形、Nachtmusikは、Nacht(夜)+Musik(音楽)の合成名詞で、「小さな夜の曲」という意味である。日本語では「小夜曲」と訳される。この題名は、モーツァルト自身が自作の目録に書き付けたものである~~。

<ソプラノと管弦楽のための演奏会用アリア K217>:アイネクライネのあと、きょうのメインエベントに入った。オーケストラをバックにした小泉惠子さんのソプラノは、堂々とした声量、歌いぶりで、息を殺して聴き入った。昨年の舞台でも聴いたことがある、ああ、あのときも素晴らしかったと記憶がすこしずつ蘇り、この日もいいなと思っているうちに、あっという間に終わってしまった。 

 歌詞の内容は美しいドリーナが、情熱的な求愛を受けて歌うアリア。モーツアルト19歳、イタリアのオペラ一座がザルツブルグにきたとき、そのオペラに挿入するアリアとして作曲した。

~~「あなたはきっと、誠のこころをお持ちでしょう。殿方は愛が燃えるとき、きっとそうお誓いになる。それは信じてさしあげたいのですが、私には信じられないのです」~~。

 Hamarikyu

<交響曲第29番イ長調K186>:ラストは1774年、18歳の時の交響曲29番。私も大好きで慣れ親し んでいる曲で、モーツアルトの若さがあふれた作品だ。

 完成度も高く技術的にも、さまざまな新しいアプローチがなされた交響曲だという。昨年のコンサートもラストを飾っていたから、このチームの定番曲らしい。舞台いっぱいメンバーのみなさんが、気持ちよく演奏されていて、そのまとまりが、そのまま会場いっぱいに伝わり盛り上がって、幸せな雰囲気だった。

 ~~~~

 浜離宮朝日ホールは初めてで、こじんまりしていて、落ちついた雰囲気。シューボックス型(靴底型)とのことだが、座席の平面図から、想像するのだろうか?

 ニューイヤーコンサートでおなじみの、ウイーン楽友会館に似た構造のように思う。今回のようなコンパクトなオーケストラや、少人数による室内楽のコンサートには、最高の舞台であるように思えた。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧