2009年12月18日 (金)

聖夜のトランペット (立川市民会館)

  • Torumpet1 クリスマス・コンサート「聖夜のトランペット」に出かけた。寒波がやってきた12月16日(水)、ウイークデイの午後の公演。立川市民会館。

  • 「アヴェ・マリア」から、モーツアルト「魔笛・夜の女王のアリア」のクラシック、定番の「聖者の行進」、赤鼻のトナカイなどの「クリスマス・メロディー」、さらに「見上げてごらん夜の星を」「ひばりメドレー:りんご追分・川の流れのように」まで、幅広いレパートリーが、売り物の演奏会。

  • トランペットは、遠く3,000年以上も前のエジプトの遺跡からも発見されているという。当時、宗教、政治の儀式、軍隊や競技会のファンファーレや信号用として使われたらしい。

  • ”明るく元気なファンファーレ”、”輝かしく響くハイトーン”がトランペットの得意分野、あのニニ・ロッソの「夜空のトランペット」「夕焼けのトランペット」の哀愁、などが私のイメージで、この日のトランペッター、レオニド・ゴルキンの手練の演奏は、随所にさすがと、聞き惚れることもたびたびだった。ちなみにゴルキン氏は、サンクト・ペテルブルグ生まれ、サンクト・ペテルブルグ音楽院でトランペットを専攻した本格派。(……体型は、かなりメタボ……)。

  • Torumpet2 写真のように4種(トランペット、ピッコロ・トランペット、コルネット、フリューゲルホルン)を使い分けての演奏はそれなりに見ごたえはあった。しかし、やはり、クラシックから歌謡曲までというのは、クリスマスのサービスと割り切っても、何をこの舞台で表現したいのかが伝わってこない。そんな物足りなさを感じているうち、子供のころ小屋掛けでみた巡回サーカス団の「美しき天然」、大売出しのチンドン屋が奏でていたもの悲しさなど、頭をよぎった。

  • 七分くらいの入りだったが、多くのお客さんたちは、曲に合わせて手拍子を取ったり、一緒に歌っておられたっりの周りの方も多かった。が、司会者とのトークのやり取りで、「日本で好きな言葉は何ですか?」「ギョーザ食べたい」だけでは、ご愛嬌とは済まされない。せめてトランペットにまつわる逸話とか、練習の苦労とか、その糸口くらいは見せてくれて、音楽コンサートの最低限の質は守ってほしかった。せっかくの音楽技術がもったいない。

  • 『2時開演、4時終演予定』と会場入り口の看板にあったが、アンコールもそこそこに盛り上がりを欠いたまま、3時45分ごろ、シリキレトンボで舞台のそでに消えていった。「来日公演100回突破記念!!」らしいが、場馴れしすぎているといぶかりたくなる思いで、後味が悪かった。今後、よく見極めてコンサートを選びたいと自戒しつつ帰途についた。

  • 写真:公演チラシから。

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2009年12月15日 (火)

「魔笛」、「ドン・ジョヴァンニ」……モーツアルトのオペラ

  • 2009年もあと少し。ことし出かけたコンサートのいくつかを振り返って、書いてみます。まずは、Mateki モーツアルトのオペラから。

  • 11月1日(日)、新国立劇場での「魔笛」。4面舞台のオペラ専用劇場、運よく2階正面の席が取れたので、変化があり美しい舞台の全体を堪能できた。

  • 冒頭の序曲から、フィナーレまで、耳慣れた音楽が次々と展開した。パパゲーノの「おいらは鳥刺し」、夜の女王の「地獄の復讐がこの胸にたぎる」、ザラストロの「この聖なる殿堂では」、そして、パパゲーノ・パパゲーナの「パ、パ、パ」……。

  • あれもこれも、記憶にある中で、「毎日を気楽に生きて、おいしいものを食べ、お酒があって、そして可愛い彼女もほしい。別に高望みはしないから、そんな人間の自分にも、それにふさわしい幸せがあってもいいだろう」と、舞台を奔放に動き歌ったパパゲーノが楽しかった。歌手はオーストリア生まれのバスバリトンだった。

  • 「魔笛」で、どうしても書き残したいのは「夜の女王」のコロラトゥーラによる超絶技巧アリア。Yorunojoou この舞台では、安井陽子(ソプラノ)という歌手が演じ、新国立劇場初出場とあった。「地獄の復讐がこの胸にたぎる」の場面になると、満場の耳目は張り詰めて、彼女1点に凝縮される。右の写真は映画「アマデウス」の夜の女王なのだが、舞台であれ、映画であれ、さらにはDVDであれ、「魔笛」のこのアリアの時間帯は、いつも五感を総動員して聞き惚れている。

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  • 次はドン・ジョヴァンニ。ことしは2回見る機会があった。1回目は5月17日(日)、調布くすのきホールでのLe voceという劇団の公演(右下)。2回目は国立音楽大学で、10月18日(日)(左下)。

  • ドン・ジョヴァンニはストーリーの展開もわかりやすく、スリリングで、歌手の歌いぶりと合わせて、演技力や感情表現をどのようにやっているかを観察していくと、楽しいことが、少しずつ分かってきた。その点、国立音大での舞台は、歌唱、演技とも、出演者の意欲や日ごろの努力が伝わってきて、熱気があった。

  • なかでも、ドンナ・エルヴィーラ。過去にドン・ジョヴァンニに捨てられた女性。当初は一途な執念深さ、意地っ張りだったのが、やがていじらしく、最後のほうではドンジョヴァンに振り回されながらも「真実の愛」へと新しい一歩を踏み出していく姿が、時間を追ってしみじみと伝わってきた。エルヴィーラ役は大学院オペラコースを修了した嘉目真木子という人だったが、長身で歌唱力も素晴らしかった。

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  • 「フィガロの結婚」は所沢市民文化センターで3月6日(金)、「コシ・ファン・トゥッテ」は立川市民会館で1月24日(土)に見る機会があった。それらについてはいずれもblog記事に書いているので、時間があればクリックして、ご覧くだされば幸いです。

  • メジャー舞台か、マイナー舞台かはおくとして、今年2009年、モーツアルトのいわゆる「四大オペラ」は、すべて見たことになる。

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2009年10月10日 (土)

ニュルンベルグ交響楽団「ピアノ協奏曲第5番(皇帝)」

  • Nyurunnberug1 一橋大学兼松講堂での「ニュルンベルグ交響楽団」公演に出かけました。2009年10月4日。

  • 曲目は、ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番“皇帝”、同じくベートーヴェン「交響曲第7番」で、公演前、CDで少々確かめてから、期待に胸ふくらませて自宅から近くの会場に向かいました。秋色深まり始めた日曜日の午後でした。

  • ニュルンベルグ交響楽団の創立は1946年。自分に置きなおせば、生まれてすぐのころ、なんと60年余の歴史!。ドイツ、そしてヨーロッパのクラシックの中心地で、確固たる地位を築き上げている名門楽団で、今回が初来日ツアーという。この日は日本での最後の公演ということでした。

  • 兼松講堂の小じんまりしたやや狭い舞台に、大柄、彫りの深い顔立ちのドイツ人男女の演奏者が、黒をベースの衣装でおよそ40人ほど、中央のグランドピアノを包み込むように居並んで、いよいよ演奏が始まりました。あの勇壮な、ワーグナーの喜劇「ニュルンベルグのマイスタージンガー」より第1幕への前奏曲から………

  • 3曲の中ではベートーヴェン「ピアノ協奏曲第5番“皇帝”」が、私の全身に残りました。冒頭ピアノの独奏で始まり、続いてオーケストラ全楽器が壮大に力強く盛り上がったかと思うと、いつしかホルンが聴き分けられました。やがて随所に現れる世の中にこれほど美しい音楽があるのかと思えるような、いつかどこかで聴いた旋律が流れてくる………、………、Nyurunnberug4 ………、

  • 実はいまこのblogを書きながら、“皇帝”のCD(ピアノ:ゲルハルト・オピッツ、ライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団,1996)を流しているのですが、私の乏しい文章表現力では、書けば書くほど、その内容が美しい旋律からかけ離れてしまいそうなので、この辺でとどめておくことにします。ともかく、素晴らしかった。

  • もう一つのベートーヴェン「交響曲第7番」は、軽やかな、オーケストラならではのさまざまの響きが連続しました。けれど、同じベートーヴェンの交響曲第5番「運命」のダダダダーンとか、第6番「田園」ののどかな田舎を思い起こさせるようなメロディを探しあてることが出来ず、私にとってはいまのところ、この第7番は単調な繰り返しの連続に聞こえ、終わってみれば「ただ素通りされてしまったような」音楽だったと、書いておきます。

  • 指揮の宮城敬雄さんは大奮闘で、親しみやすい感じの方でした。兼松講堂のある一橋大学OBの経歴で、いわば凱旋公演。アンコールで、ブラームス「ハンガリー舞曲第1番」、メンデルスゾーン「結婚行進曲」を堪能させてもらい、おまけにフィナーレは、会場いっぱいに山田耕作の「赤とんぼ」の合唱まで演出してくれました。ニュルンベルグ交響楽団のドイツからの皆さんも、3時間近く、目いっぱい汗をかきながら宮城さんにfollowして、われわれに素晴らしい演奏を届けてくれました。

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  • 会場の「兼松講堂」については2007年10月に、このblogで書いたことがあります。あい変わらず落ち着いた雰囲気のたたずまいでした。一方それとは対照的に、兼松講堂からすぐ近くの構内の一角で、学生たちによるプロレス・エベントが始まっていました。公演のはじまる前の待ち時間のスナップとして、ご紹介します。

  • 撮影:2009年10月4日

Nyurunnberug2                   Nyurunnberug3                            

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2009年9月23日 (水)

「展覧会の絵」「メン・コン」「ボレロ」

  • Furesh 「フレッシュ名曲コンサート」を聴きに行きました。2009年9月21日、アミューたちかわ大ホール。

  • 曲目はムソルグスキー/ラヴェル編「展覧会の絵」、メンデルスゾーン「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」、そしてラヴェルの「ボレロ」とおなじみのものが、3つ並びました。指揮秋山和慶、東京交響楽団。

  • 「展覧会の絵」:トランペットの独奏から始まるあの有名な旋律から演奏会が゙スタート。聴きなれた音だけに安心感を持って、ゆとりをもって聴けました。展覧会の会場へと歩みを進め、次から次へと会場内の絵画が表現されていく展開。『こびと』『古城』『パリのチュイルリー公園』……そして最後は『キエフの大きな門』の絵が壮大なスケールでだんだん大きくなって、最後の鐘の音でクライマックスになりフィナーレ。この大門、キエフという街の実在の門かと思ったら、そうではなく、スラブ兵の兜の形をした門の絵だとか……(右上の絵)。

  • オーケストラは100人近くの大編成。女性が半分近くを占めてはなやか。オペラグラスで、舞台上のトランペットやフルート奏者の力いっぱい膨れ上がった頬や、Musorugusuki ヴァイオリン奏者のなにか考え考え演奏している眼差し、あるいは、打楽器奏者のここ一番への腕の大きな振りなどを、左から右、あるいはその逆と見てみました。コントラバスは6、7人、かなり体力が必要な感じ……ライブならではの楽しみでした。写真はムソルグスキー。

  • 「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」:ヴァイオリンの井上静香がすばらしかった。第3楽章まで続く3Viorinn_20分強の演奏時間の真ん中あたりで、数分間独奏が続くところがありました。この時間は、60人ほどの他のメンバーはもちろん、指揮者も何もしないでじっとしたまま。彼女ただ一人の演奏が広い場内に響きました。この間、観客のすべてもこの一点に耳目を集中し、ソロの研ぎ澄まされた旋律だけが会場内にありました。

  • 昨年10月、同じ曲を府中の森芸術劇場で聴いていて、この曲の哀愁漂う冒頭のメロディが、強い印象として残っていましたが、今回見たこの独奏の時間は、もう一つの鮮やかな記憶に加わると思います。写真は私のCD棚のメン・コンで、ヴァイオリンはメニューイン、1971年の録音。

  • 「ボレロ」:ボレロを一度コンサートの生演奏を聴いてみたいという念願がかないました。最初から最後まで同じリズム、2種類のメロディーが繰り返し現れ、だんだん大きく全体的にひろがって行く。ドラムの小さな音から始まり、フルート、クラリネット、トランペットには弱音器がついている……、ヴィオリンやチェロは前半もポロンボロンとつま弾いているだけ……、それが最後にはファゴット、オーボエ、トランペット、チェロ、ヴァイオリン、コントラバス、ハープ……、ともかく全楽器総動員で、指揮者のジェスチャーも次第に大きくなって行く楽しい展開でした。

  • 去る7月5日のNHK教育TVのN響アワーで゙「ボレロ」の放送がありました。2009年6月のサントリーホール公演のもので、指揮者は準・メルクル、演奏メンバーはTVでおなじみのN響の人たちでしたが、私はこの放送をその後録画して、何度か見ていました。舞台全体の場面、楽器ごとの個々の演奏者の表情、指揮者の踊るようなアクション、顔の表情など変化の連続で、オーケストラの醍醐味を堪能できました。たしか指揮台に楽譜はありませんでした(下の写真)。       Merukuru           Merukuru2                   

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  • この時の放送とどうしても比べてしまうのですが、欲を言えば今回指揮の秋山和慶さんは、私と同年輩で、円熟の重厚感はありましたが、曲の後半から最後にかけては、もうちょっと派手にふるまってもらえればと感じました。バレエ音楽の飛び跳ねるような華やかさが、もう少しあってもよかった……。機会があったら、若手の指揮者によるボレロをあらためて聴いてみたい。

  • ちなみに準・メルクル、49歳。同世代の指揮者の中で将来を嘱望されている一人で、ドイツ人の父と日本人の母との間に生まれたとあります。ドイツ各地の歌劇場で経験を積み、現在はミュンヘンのバイエルン国立歌劇場や、ウィーン国立歌劇場を中心に活躍を続けている。家では日本茶をたしなみ片言の日本語も話すという、二つの文化の中で育った人だとのこと。

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2009年7月14日 (火)

ブラスオルケスター演奏会(東京オペラシティ) コンサート記憶帳⑪

  • Burasuorukesuta1 「国立音楽大学ブラスオルケスター 第50回定期演奏会」に出かけた。昨年の第49回は東京芸術劇場大ホ-ルで、今年は東京オペラシティコンサートホールと、メジャーな施設で開かれている、歴史のある催しだ。2009年7月11日。

  • 楽器編成は、金管・木管、打楽器、コントラバスをそなえた本格的なもので、舞台上は80人くらいの音大生(女性が8割)での編成。総勢およそ200人のメンバーが、曲目によって、交代を繰り返しながらの、賑やかなコンサートだった。

  • 『ブラスオルケスター』という言葉の意味を明らかにするため、『ブラスバンド』を調べると、『ブラス・バンドの標準編成は木管を含まないだけでなく,トランペットやフレンチ・ホルンも含まず,サクソルン属と呼ばれる金管楽器を中心に,コルネットとトロンボーンで編成されている』とある。とすると、この日の『ブラスオルケスター』は、ピッコロからトランペット、チューバに至るまでのほぼすべての管楽器、ティンパニやパーカッションの打楽器、ハープ、ダブルバスまで揃った大編成だった。本格的吹奏楽団というのだろう。Burasuorukesuta2

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  • 指揮はフランソワ・ブーランジェというフランス人。パリ・オペラ座管弦楽団などの指揮もしているとのこと。各曲のクライマックスでは飛び跳ねるようなアクションも含めて、上半身・下半身、両腕・指揮棒の動き、顔の表情に至るまで、見ごたえのある指揮ぶりだった。

  • プログラムは、吹奏楽オーケストラが初めての私にとっては、はじめてのものばかりだったが、休憩後第1番目の『往時の夢』の軍楽隊風の明るい行進曲、ラストのガーシュインの『キューバ序曲』など、いずれも、聴く者の全身に響いてきて、迫力のある内容だった。

  • アンコールの2曲目、題名はわからないが、交代要員も含めてほぼ全員が舞台上に立錐の余地もないくらいに勢ぞろいしてのフィナーレに満足して、演奏会は幕となった。

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      オペラシティに出かけたのは、今回が初めて。建物の広さ、内装の豪壮さは、たいしたものだった。Takemitsu Memorial と表示のあるコンサートホールは、ニューイヤーコンサートのウイーンの楽友会館を彷彿させるような造りだった。

  • 撮影:2009年7月11日。

  

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2009年6月30日 (火)

「グリーン・スリーヴス」「ハンガリア舞曲」:コンサート記憶帳⑨

  • なにかとクラシックやオペラの事を、友人との会話の話題にしていたら、学習院創立百周年記念会館で開かれた「世界の国々を音楽で結ぼう」というコンサートのチケットをいただいた。2009年6月20日。三石精一指揮、東京ニューシティ管弦楽団。

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  • 1939年(昭和14年)に「世界共通の言語であるクラシック音楽を通じて日本の子供達の心を豊かにし、広く世界に目を向けさせたい」という強い思いから、第1回の演奏会を日比谷公会堂で開いたという団体、E.カニングハム記念(社)青少年音楽協会のの70周年記念公演だった。

  • 今回の音楽世界めぐりは、アメリカから始まり、イギリス~ドイツ~フランス~イタリア~オーストリア~ハンガリー~チェコ~フィンランド~ロシア~日本と、ややヨーロッパに長居するプログ゙ラムだった。けれどそんな堅苦しい詮索そっちのけで、目の前のオーケストラ演奏と、民族色豊かなバレエの組み合わによる舞台の展開は、これらの国々の民族もようだとか自然や歴史を、次々と、想像させてくれた。曲目ごとの三石精一さんの落ち着いた解説と老練な指揮ぶり、それに一糸乱れず調和する若い楽団員の見事な演奏が、すばらしかった。

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  • Sekaionngaku2 「アルルの女のファランドール」、「ハンガリア舞曲第5番」はじめ、TVの「名曲アルバム」そのもので、ほとんどすべてが聴きなれたものだけに、そのライヴ演奏は格別だった。ここでは、そのうちのいくつかを、三石さんの解説から、記憶しておきたい。

  • <グリーン・スリーヴスによる幻想曲(ヴォーン・ウイリアムス>:このメロディは16世紀イギリスのエリザベス朝時代にはやったもので、、当時の大劇作家シェークスピアが「ウインザー城の陽気な女房たち」の中でこの曲を取り上げた。ヴォーン・ウイリアムスはそれをもとに「恋するサージョンというオペラを書き、その中にこの旋律を用いた………。私は数年前に旅したスコットランドや、英国湖水地方を思い出していました。写真はその時泊まったホテル。

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  • <ハンガリア舞曲第5番(ブラームス)>:ブラームスが演奏旅行中にジプシーの音楽に強くひきつけられ書かれた曲。全21曲あるが、第5番がつとに有名。ハンガリー民謡チャルダッシュのように、リズムの緩急や変化が織り込まれている………。いつのまにか足踏みをし、中部ヨーロッパの緑の草原で手を組み輪になって踊っている民族衣装の女性たちが、頭に浮かんできた。

  • <フィンランディア(シベリウス)>:フィンランドは北方の北極圏にまで広がる美しい国。たくさSiberiusu んの湖が点々とあり、、急な流れの川もたくさんある。シベリウスはこのフィンランドへの愛国心を込め、ロシアの圧政下にあったフィンランド国民に勇気を与えるためにこの曲をつくった。音楽で詩を書くように作られた曲。宗教的な第1主題と、フィンランド民謡風の第2主題からできている………。チェコの雄大な自然を歌ったスメタナの『モルダウ』と同じように、自分たちの祖先が血を流して勝ち取った国家の独立や民族への熱い思いと、それを受け継ぐ人々の執念、エネルギーを感じる。写真はヘルシンキ・シベリウス公園にて(2008,6,18、わがつれあいによる撮影)。

  • ラストはわが日本の<管弦楽のためのラプソディ>:1960年にN響が世界旅行に行ったときに指揮者として同行した外山雄三が作曲したもので大成功をおさめた。以後日本のオーケストラが海外で公演するときにはほとんど全ての演奏会で取り上げられ大喝采を博している。「あんたがたどこさ」「ソーラン節」「串本節」「信濃の追分」「八木節」などが次々と現れる大変化に富んだ楽しい曲………。このまえの国立音大コンサートのアンコール曲で、ずいぶんド派手だなとびっくりして聴いたのだが、世界の国々の音楽がいずれもその国の民謡や民族音楽を下敷きにおいているのを聴き続けてみると、「そうだ日本にもいい音楽があるのだ」と、あらためて元気が出てきた。舞台狭しと「ソーラン節」「八木節」にあわせて飛んだりはねたり踊ったりの人たちと一緒に、会場全体がおおいにもりあがった。

  • Sekaionngaku3_2 話は変わるが、学習院創立百周年記念会館の会場には、30年ほど前に何かの行事で行った記憶がある。当時四角屋根だったか、六角屋根だったか特徴のある建物だったと記憶するが、建て替え後?の現在の大ホールも、そのときの記憶とあまり変わらない。 あかるく大変見やすい、音響効果も十分楽しめる会場。

  • この日のプログラムも演奏内容も、すごく見ごたえがあった割には、観客の入りは6分~7分くらいで、もったいないように思えた。満席だったら、もっともっと盛り上がっただろう。

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2009年6月21日 (日)

ドニゼッティ「愛の妙薬」(コンサート記憶帳⑧)

  • Myouyakuposuta ドニゼッティ(イタリア、1797~1848)のオペラ「愛の妙薬」を、東京文化会館で鑑賞した。藤原歌劇団創立75周年記念公演、2009年6月13日(土)。

  • きっかけは、去る5月12日(火)に、市内のアミュー立川小ホールで、藤原オペラプレステージとして、「愛の妙薬」のレクチャーコンサートがあった。その際、今回の公演監督である岡山廣幸さんが、解説をしてくれ、『人知れぬ涙』ほかのハイライトの披露があり、せっかくの機会だから、ぜひ本物を見たいと、出かけることにした。

  • 19世紀の北イタリアを舞台に、純朴な村の若者ネモリーノが、地主の娘で村一番の美人アディーナに夢中で、勇気を出して愛を告白するが、つれなくされるだけ。そこへいかさま薬売りのドゥルカマーラがやってきて「愛の妙薬(実は安ワイン)」を偽の効能をならべてひと商売する。偽薬を売りつけられてそれを飲んだネモリーノは、強気になり、酔っ払ってかえってアディーナの自尊心を傷つけてしまう。腹を立てたアディーナは勢いで、部隊を率いてやってきた女好きの軍曹ベルコーレのプロポーズを受けてしまう……。ストーリーは単純だ。

  • 今回の舞台は、原作の19世紀前半北イタリアの農村でなく、大胆にも21世紀現代のショッピングモールの高級ブランド品売り場に設定されている。アディーナ(川越塔子)はショッピングモールの美容部員、ネモリーノは商品補充係という役回り。

  • 幕が開くと、牧歌的な農村風景とは似ても似つかない、銀座三越、はたまた新宿伊勢丹かと見まがうようなブランド売り場いっぱいに、制服バッチリの美貌ぞろいの女性店員が、来店客に応対している。個性豊かなファッションンのショッピング客、時間つぶしのビジネスマンらしい男たちなどが、そぞろひっきりなしに舞台上を行き交って、それらの狭間で忙しそうに、商品補充係のネモリーノ君(オペラ界の貴公子中鉢聡!)がなにやら作業をしているという都心の情景である。われわれ聴衆は一気にその華やかな売り場に引き込まれる。

  • ともかく音楽が透きとおるように美しかった。Myouyakuposuta2 演出のマルコ・ガンディーニ(イタリア、1966年生まれ)が言っているように、ドニゼッティのオペラは、メロディが゙豊富、さまざまな美しい旋律が次から次へと繰り出される。その美しい音楽に乗せて、ドラマのメインテーマである、ネモリーノがアディーナから得たいと望む『淡く暖かな想い』をめぐって、ソプラノ・テノール・バリトンが、愛・怒り・落胆・憂鬱・喜びと云った感情を劇場いっぱい、途切れることなく、歌いあげていく。

  • アディーナは本当はネモリーナを愛していて、その目に涙を浮かべている。それを見たネモリーノが、劇中第1の名歌「人知れぬ涙」を歌うところで、オペラはクライマックスとなる。4階まである広い劇場いっぱいの目と耳が、舞台上の中鉢聡に集中するなか、決して大柄ではない「貴公子」の歌うアリアがおよそ5分間、しみじみと、そして力強く流れて行った。

  • もうひとつ印象的だったのは、村の広場(舞台ではショッピングモール売り場の一角)で、村娘(化粧品売り場の女性たち)が、『ネモリーノが伯父の遺産で大金持ちになった』と小声で合唱をはじめるところ。ひそひそと話していてもいつか興奮して大声になり、次第にウキウキしてくる娘たちの様子が微笑ましくも美しく、耳に心地よく入ってきた。

  • 2時間半ほどのはなやかな舞台は、あっというまにフィナーレになってしまった。あえて注文すれば、一つは字幕が暗く、読みづらかったこと。あとひとつは、現代のショッピング・モールと、イタリア製の軍服、その軍隊にネモリーノ君が一度は入隊を決心するという物語設定には、軍隊と市民生活の結びつきが希薄な日本の今の世には、違和感が残った………。もっとも、軍曹ベルコーレを演じた森口賢二ははまり役で、舞台を盛り上げていた。立川でのプレコンサートでも聴きなれていて、親しみが持てた。

  • 薬売りのドゥルカマーラ役のバリトン党主税は、ド派手な衣装、早口の大道芸人のような話術と滑稽なアリアで、実力者という感じ。アディーナのソプラノ川越塔子は才能豊かで素晴らしかったが、数多くいる舞台上の女性販売員の制服姿の中の一人で、歌い出してしばらく経たないと、アディーナを識別できないもどかしさがあった。やはり、大地主の娘アディーナには、イタリアばりのドレス姿を見せてほしかった。

  • まだまだ、感じたことがいっぱいあったが、書ききれない。ともかく、見ごたえがあり、楽しいオペラ鑑賞だった。

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2009年6月18日 (木)

「モーツアルトの美意識を探る」(コンサート記憶帳⑦)

  • Mozalt立川市と市内にある国立音楽大学の、交流協定締結記念として、「モーツアルトの美意識を探る~あなたは長調、それとも短調?」をテーマとした、解説付きのコンサートがありました。2009年3月30日、アミュー立川大ホール。

    『協定』が、どのような内容のものかは、よくわかりませんが、地元でのこのような文化エベントが、開かれることは大歓迎です。
  • 国立音大教授の磯山雅さんのソフトな解説は「長調と短調2つの異なった書き方のあることが、音楽の世界をどれほど豊かにしてきたことでしょう。どちらかしかなかったとしたら、音楽の世界は、男性のみ、あるいは女性のみの社会のように、味気ないものになったに違いありません。本日は『長調か、短調か』に注目しながら、作品にこめられたモーツアルトの美意識を探ってみましょう」ということから始まりました。

  • 有名な小林秀雄の評論「モオツアルト」を引き合いにしながら「ト短調」の一種宿命的な悲しみ、深み、その裏返しの「ト長調」のもモーツアルトならではの軽やかさ、飛翔感についても、触れられました。

  • プログラムは、第1部がセレナード第13番ト長調 K525《アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク》、とピアノ四重奏曲第1番ト短調 K478、第2部が《魔笛》K620ハイライト 室内楽版でした。

  • 長調と短調、解説にしたがうと、次のようになりました。

長調

短調

アイネ・クライネ・ナハト・ムジークK525

1787

(ト長調)

ピアノ四重奏曲第1番ト短調K4781785

(ト短調)

<摩笛>K620 1791

おいらは鳥刺し(パパゲーノ、ト長調)

なんと美しい絵姿(タミーノ、ホ長調)

怯えるでない、わが子よ(夜の女王、変ロ長調、ト短調)

愛を感じるほどの殿方には

(パパゲーノ、パミーナ、変ホ長調)

地獄の復讐が心に燃える

(夜の女王、ニ短調)

なんと強いのか、お前の魔法の音は

(タミーノ、ハ長調)

ああ私は感じる、愛の幸福の去ったことを(パミーナ、ト短調)

私のタミーノ!おお、なんという幸せ

(パミーナ、タミーノ。ヘ長調→ト短調→ハ長調)

パ、パ、パ!

(パパゲーノ、パパゲーナ。ト長調・ト短調)

  • 特に「魔笛」のハイライトが印象的でした。なかでも、パミーナの母・夜の女王が、超高音域で歌うのはなにやら恐ろしげな一方で、連れ去られた王女パミーナを思うやさしさも歌いあげられていました。さらに、神殿に忍んだ夜の女王が、支配者のザエストロを憎み「地獄の復讐が心に燃える」を歌うところ、超絶的コロラトゥウーラのニ短調のアリアは、息を飲む大迫力でした。黒いドレスのソプラノは、品田昭子さんという方らしいが、みなさん、大変な技量の持ち主揃いだった中でも、いちばん印象に残りました。

  • 公演日:2009年3月30日

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2009年6月 9日 (火)

グリーク「ピアノ協奏曲」、ハーバート「アメリカン・ファンタジー」:(コンサート記憶帳⑥)

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  • 「クラシックでつづる世界民族の音楽」と題したコンサートに出かけた。「未就学児お断り」がコンサートの定番なのだが、この日ばかりは、赤ちゃんから保育園児・幼稚園児を抱いたり手をつないだりの若いお父さん・お母さんがいっぱい。満席で、右となりのお母さんは、途中かぶりものをして授乳をはじめ、左となりは2歳くらいの男の子をあやしながらののパパ、つれあいのお母さんの胸には、1歳くらいの女の子が眠っていた。前の席の4歳くらいの女の子は、くるりと舞台に背をむjけて、後部座席のわれわれを珍しそうに、眺めているという和やかな雰囲気。

  • ひとことで言って、たいへん楽しい演奏会だった。世界には多くの民族がいて、住んでいる地域、信じている宗教、話す言葉、食べるもの着るもの、さまざまだ。音楽もまた、楽器やリズム、音の使い方など、民族の個性があらわれて、千変万化していくものだということが、2時間半くらいの間だったが、実によくわかった。ふだん育児や仕事で、コンサートに足を運べないお父さん・お母さんだけでなく、われわれのようなシニアにも、じゅうぶん楽しめるレベルだった。「国立音楽大学ファミリー・コンサート」、2009年6月7日、国立音大大講堂。

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  • <プログラム>は、次の通りで、フルオーケストラ。それぞれの民族衣装の紹介や、解説もあって、舞台と観客とのコミュニケーションも楽しかった。

  • ロシア周辺の民族 :A.P.ボロディン/歌劇「イーゴリ公」より《だったん人の踊り》
  • 中央ヨーロッパのスラブ民族
    • A.ドボルザーク/弦楽セレナーデより
  • 北欧の民族
    • E.グリーグ/ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 より 第1楽章
  • イベリア半島の民族
    • E.シャブリエ/狂詩曲「スペイン」
  • アフリカの民族
    • 打楽器アンサンブルによる演奏
  • 中米の民族
    • A.コープランド/エル・サロン・メヒコ
  • アメリカン・ノスタルジー
    • V.ハーバート/アメリカン・ファンタジー

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  • Hokuo 中でも、グリーグの「ピアノ協奏曲」を在学生のオーディションから選ばれた清水新(あらた)というイケメン君のピアノで演奏されたのは、素晴らしかった。わたしが初めて買ったクラシックのレコードが、この「ピアノ協奏曲」とヴィヴァルディの「四季」だったことは、以前にも書いたが、思い入れの曲のフルオーケストラは格別だった。

  • 最後の演奏「アメリカン・ファンタジー 」は華やかだった。ビクター・ハーバートという人の作ったメドレーで、フォスターの歌、《故郷の人々》または《スワニー河》に加え、南北戦争の歌や、最後にはアメリカの国歌まで登場する賑やかな作品で、アメリカ人(白人)の愛国心をくすぐる旋律が次々にあらわれて、懐かしかった。

  • 舞台の上は、男性・女性ほぼイーブン、80人にもなろうかというフルオーケストラ。色とりどりの女性のドレス姿、きりっとした男性の正装、管弦楽器の朱色、金管楽器の黄金色など色彩豊かで、その豊かな和音から奏でられる民族音楽の響きが、舞台をいやがうえにも豪華にしていた。

  • アンコールは2曲。最初はどこかで聴いたはずだが、曲目は思い出せない。もうひとつ、ラストのラストは「管弦楽のためのラプソディ」だったと思う。八木節の景気の良いメロディが主題の、大いに盛り上がるフィナーレだった。すばらしい音楽を聴かせてくれた国立音大のみなさんに感謝しつつ、帰路についた。

  • 写真は2008年6月24日、わがつれあいが撮影した北欧風景。

 

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2009年5月 5日 (火)

モーツアルトが求め続けた「脳内物質」(須藤伝悦)

  • 人の脳の中には、ドーパミンという神経伝達物質Mozwaltnonai があり、運動・情動・学習などの高次元の脳機能を調節している。このドーパミンは、平たくいえば『快感物質』で、脳から『楽しい気持ち』を呼び出し、創造性をつくることにも関与する物質だが、この本の主役はこのドーパミンとモーツアルトだ。講談社新書2008年3月刊。

  • ドーパミンが、極端に減少すると、パーキンソン病やてんかん症、ある種の認知症、注意欠陥多動性障害(ADHD)、などの病気になる。

  • 我々はいま、モーツアルトの奇蹟的・天才的な音楽を楽しみ、癒されているのだが、そのモーツアルトは、200年前、ほかでもない、このドーパミンが減少するための病気に苦しみ、いつもイライラしていた。そのとき、音楽を聴いていると気分が落ち着くことを知り、なんとも心地よい不思議な体験をした。

  • 以来我らがモーツアルトは、自分を癒してくれる音を求めて、遠い将来、人々を夢中にさせることを予想だにせず、ひたすら、(ドーパミンをつくりだす刺激信号を含む)自分が癒される音楽を求め続けたのだ!!

  • Mozwaltrerihuモーツアルトの音楽は、人生の前半と後半で作風が違う。前半は牧歌的で自然の音を連想させ、明るくて愉快な曲がたくさんある。ところが、後半になると、深刻でメランコリックな曲が多くなってくる。ある種の落ち着きのなさ、不安な感覚、さらには理解を超えた危険な感覚があらわれると、本書はいう。

  • ………本の中身をダイジェストし始めるときりがないのだが、この本は長年ドーパミンの研究に携わってきた保健学者である著者が、モーツアルトが悩んだとみられる、ドーパミン減少に起因する、幼少期のてんかん症、注意欠陥性多動障害(ADHD)、そして人生後半期の、幻覚や妄想にとらわれたある種の統合失調症についてふれ、モーツアルトがそれらを乗り越えて、凡人が持ちえない特別な能力で、数々の名曲を残したことを、詳述している。

  • ミロシュ・フォアマン監督の映画『アマデウス』(1984年)では、モーツアルトの神の声を伝えるために選ばれた音楽家としての才能と、下品でわいせつな姿のコントラストが強烈に表現され、私のモーツアルト像の大きな部分を占めている。あの映画は、かなりこの本の指摘しているモーツアルトの実像を組み込んで造られていたように思う。

  • ともかくもこの本を読んで、「人間モーツアルト」の一面がまた新たに見えてきた。これからのモーツアルト鑑賞が、一段と深まると期待している。

  • レリーフの写真は、レオナルド・ボッシュ作、1789年。モーツアルト名曲辞典、1992年音楽之友社刊による。

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